79642号機 整備記録1


 この度八幡浜市建設課より本機の整備依頼を受けましたので整備をお引き受けしました。本来は昨年度開催された愛媛国体のソフトボール会場の「王子の森球

場」の拡張工事に先立ち、本機を旧保存場所より約20m西に移動し同時に本機を整備する計画を建設課として予算計上をされていたのですが、諸般の事情で児

童公園設備やプラットホームの再建築や機体の移動を先に行い、機体整備は国体終了後という事に計画が変更されておりました。この度予定通り機体の整備予算

が計上され実施の運びとなりました。

 その間に私事で恐縮ですが48650号機整備中に今までの無理な姿勢での作業が災いしたのか、脊椎間狭窄症の手術を受けリハビリを継続中でした。体調が何

とか復活しましたので無理をしない程度で、48650号機の整備継続~井笠コッペル1号機~宇部D51-18号機~直方D51-10号機と周囲のメンバーにはご迷

惑をお掛けしましたが、座り込んだり椅子での届く範囲での整備をさせていただきました。

 今回も高所での作業は足の踏ん張りが利きませんので、ランボードから上の機体やテンダーは塗装業者が再塗装(私の指導・監督の元でケレン~錆止め剤塗布

後本塗装)をし、機体先頭部や主要装備・動輪や足回り・運転室内は私が整備する分担作業形態を取らさせて頂きました。

 機体の塗装に関しては梅雨明けから塗装業者が行い、その後私が整備を行いますので私の作業開始は8月初旬から11月にかけて実施する予定にしております。

建設課の承諾を頂き、既に運転室内の天井部のケレンや計器類・細管の一部磨き出し、火室内の清掃や高圧洗浄、主・副灯の復元LED化は進めております。整備

作業が本格的に始まりましたら、一週間単位で整備状況を報告させて頂く予定にしております。

* 現時点における整備の現況

* 本日は八幡浜市建設課に出向き、八幡浜市長さん宛の79642号機整備計画書を提出してきました。これで本機の整備が正式に発動される事になります。塗装

業者の入札があり決定次第作業が始まりますので、塗装に支障が出ないように各装備部位やナンバープレートに、ナイロン袋やマスキングテープで目張りをして戻り

ました。私の整備開始は恐らく8月初旬の予定です。                                                     2018/05/11

* 梅雨の晴れ間を利用して事前整備をしてきました。先ず本機の腐食箇所は意外と少なく、左デフレクター下部と左缶胴被キャブ前の小穴の二か所でデフ下の方が被害

が大きく修復が必要でした。本機が北海道に渡ってから苗穂工場で所謂「切り詰めデフ」に改装されたのですが、右デフは何の異常も無く左デフ下部の腐食は著しく、材質

の違いなのか運用上の障害なのか??です。C12-231号機で使用したアルミパテが残っていましたのでそれを使い、元塗り~仕上げ塗り~仮研磨を、次にテンダー後灯

(LP42)本体を除去し、缶胴被左右の細銅管の止めを全て外し塗装がし易いように浮かしておきました。これでいつでも塗装業者が作業が出来る状態になりました。ついで

に左右給水管の水コックを外して研磨・調整の為に自宅に持ち帰りました。                                        2018/06/01 

* 磨きが終了しEM活性溶液を塗布し乾燥後にEMセラミックEM粉末剤を添加した錆止め剤を塗布し、作業的にはLED化~本塗りを残しています。取り外した後灯は今後

何かに応用できる事もありますのでお預かりしておきます。後灯LP42はC57-44号機の整備の際に大変お世話になりました岩見沢市の嶋田正樹氏にまたもや無理なお

願いをし、入手できる見込みとなっております。準備段階として機体の塗装の事が気になっております。79642号機の高山~追分時代の写真はWEB上に公開されている写

真は10数枚でカラー写真は49648号機と並んだ名寄機関庫のテンダーの警戒色写真のみかと思われます。白黒写真ですが色調の違いから白・黒の識別は何とか読み取

れますので一覧表にしてみました。

部   位 現状 1976保存時 1975追分 1974名寄 1972名寄 1968稲沢 1967高山 1967猪谷
前・自動連結器
前端梁 警戒色塗装
先端・左右直棒
先端手すり 銀(鷹・浜様式) 白(鷹・浜様式) 黒(鷹・浜様式) 黒(鷹・浜様式) 黒(鷹・浜様式) 黒(鷹・浜様式) 無し 無し
煙室ドアハンドル
煙室扉周回手すり
主灯火 LP403 LP403 LP403 LP403 LP403 シールドビーム シールドビーム シールドビーム
副灯火 シールドビーム シールドビーム シールドビーム シールドビーム シールドビーム 無し 無し 無し
デフレクター 切り詰めデフ 切り詰めデフ 切り詰めデフ 切り詰めデフ 切り詰めデフ 無し 無し 無し
デフ縁 無塗装
回転火の粉 銀線・2本 白線・2本
ランボード 平行(フラット) 平行(フラット) 平行(フラット) 平行(フラット) 平行(フラット) 段違い 段違い 段違い
空気溜 ランボード上 ランボード上 ランボード上 ランボード上 ランボード上 ランボード下 ランボード下 ランボード上
ランボード下側縁 無塗装 無塗装
シリンダー空気弁 無塗装 無塗装 無塗装 無塗装 無塗装 無塗装
スライドバー凹部 無塗装 無塗装 無塗装 無塗装 無塗装
クロスヘッド 磨き? 無塗装 無塗装 無塗装 無塗装 無塗装
ロッド 磨き? 無塗装 無塗装 無塗装 無塗装 無塗装
メインロッド凹部 無塗装 無塗装 無塗装 無塗装 無塗装
各・動輪タイヤ 無塗装 無塗装 無塗装 無塗装 無塗装 無塗装
キャブ左回転窓枠縁 無塗装 無塗装 無塗装 通常型・無塗装 通常型・無塗装 通常型・無塗装
キャブ右窓枠縁 無塗装 無塗装 無塗装 無塗装 無塗装 無塗装
タブレット 北海道型 北海道型 北海道型 北海道型 北海道型 無し 無し 無し
テンダー左右上端 無塗装 無塗装 無塗装 無塗装 無塗装 無塗装
テンダー後端面 ゼブラ塗装 警戒色塗装 警戒色塗装 警戒色塗装 警戒色塗装 無塗装 無塗装 無塗装
ネズミ返し 警戒色塗装 警戒色塗装 警戒色塗装 警戒色塗装 警戒色塗装
テンダー後灯火 LP42 LP42 LP42 LP42 LP42

* 全国の保存機も保存される際に展示を意識して、実機が稼働していた頃と比較するに様々な部位が化粧され、美しい綺麗な状態で当初は保存されていた号機が大半

です。しかし保存後の経年経過により、磨き出された部位は錆が生じてくすみ、塗料は退色したり剥がれ落ち結果として無残な状態になっているのが現実です。もちろんOB

会や保存会の方々が定期的に整備・塗装を継続され美しい状態を保っている号機もありますが、それは数少ない希な事例と言えます。保存当初の趣旨や目的が忘れ去ら

れ維持管理費の捻出に事欠く事態が発生し、行政のお荷物となり放置され無残な状態をさらし最後には解体される号機が最近増加している事も事実です。
 
 本機は1975年の追分機関区時代の状態を基本としており、スライドバー・メインロッド凹部の赤・テンダーの黄色・黒の警戒色塗装が特徴かと思われます。保存開始から

6年後の1982(昭和57)年まではその状態であった事は、四国鉄道OB会の写真資料で判明しております。しかし、その後再塗装されて白色塗装部が全て銀色塗装に、警

戒色塗装も白・黒色の「ゼブラ塗装」に変貌し現在に至っているかと思われます。四国は最初にSLが消えた地域であり警戒色塗装が当然の北海道や九州地区のように馴染

みが無かった事がゼブラ塗装になった理由かとも思われます。整備する者の立場としては最後は北海道を走行していた本機ですから、追分・名寄時代の本来の警戒色塗装

に戻すべきかと考えております。最終的には八幡浜市当局と協議して決定したいと思います。                                2018/06/12

* 先週の大雨の中79642号機下部の高圧洗浄を行って来ました。保存地は児童公園内にあり土日は当然ながら普段の日も多くの親子連れで賑わいます。雨の日ならば訪問

者も無く気兼ねなく洗浄が出来るという次第でして未洗浄のテンダー台枠内部迄洗い落としました。ついでにテンダー後部のゼブラ塗装を高圧で吹き飛ばしますと、やはり名寄~

追分時代の一般的な警戒色塗装がかなり露呈しました。合わせて機体前端梁を注意深く高圧をかけますと、やはり警戒色のスライド塗装が露呈しました。写真資料に残る通り前

後とも警戒色迷彩塗装であった事が改めて判明しました。先端梁の方は名寄時代は確認できていますが、最終の追分時代では未確認でありどなたがご存知の方がいらっしゃい

ましたらご教示頂きたいと存じます。

* 主灯・副灯火の最終仕上げをしておりますが、どちらも(後灯・LP42も)100V対応にいたします。主灯の蓋下部が意図的に損傷しており、左デフ下部修復残りのアルミパテで

対応しました。18・300メンバーならご存知の知る人ぞ知るHS工場方式(ガムテープ使用)・・何度も驚かされました。・・・で裏打ちをして修復いたしました。ガラスは完成時には入

れますが、損壊防止の為に灯火類は常時はアクリル円板5mm×2枚でカバーしておきたいと思います。                           2016/06/23

* 一応事前の準備調査・簡易整備は終えましたが、時間があれば運転室内の修復をしておきたいと思います。私の本格的な整備開始は予定通り8月初旬を予定しておりますが、

梅雨の関係で塗装業者の分担作業が早く終われば前倒しになるかとも思いますので変更があれば当ページでご連絡いたします。なお、現地へのご案内をさせていただきます。松

山方面からは二系統ございます。途中内子町のC12-231号機をご覧になられる場合は、国道56号伊予市向井原から直進し山間部へ(中山~内子~大洲市北只から197号へ)

~JR八幡浜駅から400mの4つ目の信号左折(スーパーフジが目印)国道378号へ~800m三叉路交差点(左宇和・右舌間)を左折(ローソンが目印)~100mの点滅信号(JAコ

ープが目印)を右折~細い道を50mで駐車場(7台)もしくは点滅信号を30m直進し右折(王子が森公園駐車場入口の案内板あり)し駐車場へ30台程駐車可能です。)球場に沿っ

て右へお越しください。

 二系統目は先程の伊予市向井原から右折し国道378号へ海岸通りの風光明媚な伊予灘をご覧になり大洲市長浜~八幡浜市保内町へ、三崎からの国道197号と合流し八幡浜

市内へ~(八西無料自動車道トンネルが近道)トンネルを降りきり大平交差点を左折(直進は八幡浜港)し愛宕トンネルへ~トンネル通過二つ目の信号を直進(上記のスーパーフジ

の信号・左折が松山・右折が八幡浜港)~以下上述の通りです。松山からの距離はほぼ同じですが海岸周りの方が道路環境も良く時間的には短縮です。お気をつけてお越しください

ませ。なお、一人での整備作業をしておりますので説明は出来かねますが、ご自由にご覧くださいませ。

* 塗装業者さんの足場・囲いが07末に完成する見通しなので、晴雨に関わらず08/01AM9:00から本機の整備を開始いたします。   2018/07/03 

* 07/29は台風12号が接近中でしたが、整備資・器材を搬入しました。07/31には機体を覆う足場も完成しいよいよ明日から整備を開始します。私の作業はリハビリの関係で水

~日に行います。HPへの更新は毎月曜日を予定しております。左の3枚は29日・右の4枚は31日の現状です。足場・覆いが取り払われるのは12月になろうかと思います。その間、

機体全体を伺う事はできませんがHPで細部の整備進行状態をお伝えしたいと考えております。                       次回の更新は2018/08/07です


* 08/01AM9:00 79642号機の整備を始めました。その前に整備に関心のある方や自分も始めようかと思っておられる方に、私流の整備の方法をご説明しておきたいと思い

ます。作業者の安全と作業効率の確保のために足場の建設・環境に対する配慮の為に機体全体をメッシュで覆う事は大前提です。先ずケレン(旧塗装を剥がし鉄の地肌を露呈さす)

ですが、昭和40年代の塗料には人体に影響を及ぼす鉛成分が含まれております。それをディスクペーパーを使いサンダーで研磨する事は人体・環境面に悪影響を与える可能性は

大であり、極力避けるべきと考えます。従って旧来は手打ちで打刻・特殊バーナーで焼取り剥がす方法でしたが、剥がす道具の進歩で現在はエアーハンマーで塗料の大半をハツリ落

とし、錆を含む鉄地肌はサンダーで研磨しています。鉄紛の粉塵も凄まじいですがその飛散は塗料片飛散より重たく覆い内に落ちる事になります。もちろん送風機と防塵マスクは不

可欠です。

 地肌を出した磨いた鉄の表面に錆止め剤を塗布するのが当然ですが、私は以下の処理を行っいます。錆止め剤の前に地肌にEM活性溶液1を噴霧します。すると研磨したはずの

表面に短時間で錆が浮き上がります。再度軽く研磨した後にEM活性溶液2を噴霧します。2は錆を押さえ閉じ込める役割をします。所謂錆止め剤の役割を果たします。次に錆止め

剤にEMセラミック粉剤を混ぜ吹付(手塗り)します。本塗装までに時間がかかる場合は再度吹き付けた後に本塗装をしますが、本塗装剤にもEMセラミック粉剤を混ぜて吹付(手塗り)

しますが二度塗りを原則としております。今回も一人作業ですので本塗りまでに時間がかかりますので最近注目されているサビ転換剤液も併用して作業を進める予定です。


* 煙室扉上部からケレンを始めましたがナンバープレート左下部から黄色の塗料が見えましたのでエアーハンマー作業を止め、サンダーにブラシを装着し慎重に削りますと明らか

に警戒色塗装の状況が確認できました。おそらくV字の警戒色塗装が煙室扉にも存在した事が判明しました。96型の警戒色塗装に関しては別記の資料をご覧ください。写真記録後

ケレンを再開し終了後EM活性溶液1を噴霧し本日の作業を終了しました。テンダー後部には警戒色塗装(現在は白・黒)があり、今回煙室扉にまた先端梁にも黄色塗料が確認され

ており、本機は警戒色満載の機体であった事が初日に判明した成果です。缶胴被先端下部の中央部(先輪の位置)に小ドームがあり、内部には巨大なピンが存在します。これは96

00型機独特の装置と思われます。先輪の従台車に付随する復元装置の部位かと思われるのですが、歴然とせずこういう際は神頼みで何でもご存知の私には師匠である「やまてつ」

さんに問いますと9600型の独特のリンク式に関わる「中心ピン」であるとご教示いただきました。ピン上部にはB3413J・側部にはCR 271の打ち出し刻印がありました。内部構造

については後日先輪内部に潜り込みますのでその際に報告します。

9600型機 警戒色塗装各機一覧表

機  番 部   位 形 状 部  位 形 状   機関区 年 代
9633 煙室扉 V2 先端梁 V1 小樽
9654 煙室扉 V1 先端梁 V1
9667 先端梁 V2 青森
19609 先端梁 V1
19616 先端梁 V1
19630 煙室扉 逆V2
19640 テンダー・デフ V4・V3 先端梁 V1
19650 煙室扉 V1 先端梁 V1
19654 先端梁 V2
19661 煙室扉 V2 先端梁 V1
19673 煙室扉 V1特殊
29601 煙室扉・テンダー V2・V4 先端梁 V1
29607 煙室扉 V1 先端梁 V1
29613 煙室扉 V2 先端梁 V1
29622 先端梁 V1
29643 先端梁 V1 稲沢
29652 先端梁 逆V2 長町
29657 煙室扉 V1 先端梁 V1 稲沢以降
29675 煙室扉 V2 先端梁 V1 小樽
29677 先端梁 逆V2
29681 テンダー V4・V3 遠軽
29685 先端梁 V1 稲沢 1972
29694 先端梁 V1
39600 先端梁 V1
39612 煙室扉 V2 先端梁 V1 小樽 1972
39615 テンダー・側面 V5・斜8 小樽
39619 先端梁 逆V2 仙台
39631 先端梁 V1
39634 煙室扉 V2 先端梁 V1
39635 煙室扉 V2 先端梁 V1
39647 煙室扉 逆V3 先端梁 逆V2
39655 先端梁 V1 稚内 1975
39655 先端梁 逆V4 五稜郭
39667 先端梁 V1
39670 先端梁 V1 帯広 1971
39679 煙室扉 V4 先端梁 V2 追分以前 名寄
テンダー後部 V4 類似
先端梁 V1
39685 先端梁 V1 米沢以降 1967
39696 煙室扉 V2 先端梁 V1 深川 1971
39697 煙室扉 V3
煙室扉 V4 先端梁 V1 新津 1971
49600 煙室扉・デフV3 V2 先端梁 V1
49601 先端梁 V1・V3
49603 先端梁 V1 五稜郭
49604 煙室扉 V2 先端梁 V1
49607 煙室扉 V2 先端梁 V1 酒田以降
49608 先端梁 V2 稲沢
49612 テンダー V4
49615 煙室扉 V3 先端梁 V1
49616 先端梁 V1
49626 煙室扉 V3 先端梁 V1
49634 煙室扉 V2 先端梁 V2 遠軽以前 1971
49644 先端梁 V1
49648 テンダー後部 V4 類似 先端梁 V1 名寄 1975
49651 先端梁 V1
49652 先端梁 V2 稲沢
49658 煙室扉 V2 先端梁 V1
49666 煙室扉 V3 先端梁 V2 遠軽 1971
49671 先端梁 V3 五稜郭
49673 煙室扉 V3 先端梁 V1 遠軽
49690 煙室扉 V3 先端梁 V1 新津以降
49698 先端梁 V3 五稜郭
49699 先端梁 V1 追分
59601 先端梁 V1
59609 先端梁 V1 岩見沢 1971
59613 煙室扉 V2 テンダ-横 斜8 滝川
59614 煙室扉 V2 先端梁 V1 深川
59652 煙室扉 逆V3 先端梁 逆V2 岡山
59657 先端梁 V1
59658 テンダー後下部 V5
59659 先端梁 V1
59669 テンダー後部・側 V4・斜8 大宮以降
59691 先端梁 V1
59694 先端梁 V1
69614 デフ先端 斜2
69620 煙室扉 V3 先端梁 V1 遠軽 1971
69624 煙室扉 V2~4 先端梁 V2 釧路
69625 煙室扉 V2 先端梁 V1
69633 煙室扉 V2 先端梁 V1
69637 先端梁 V2
69644 煙室扉 V2 先端梁 V1
69653 煙室扉 逆V3 先端梁 逆V3 岡山 1969
79616 煙室扉 V2 先端梁 V1
79638 先端梁 V1 稲沢
79642 煙室扉・テンダー V2・V4 先端梁 V1 名寄 1975
79667 先端梁 V1

* 写真で確認する限り名寄機関区で同僚機であった49648号機とは類似しているように思えます。一覧表での資料での感想はテンダー後部の写真数が少ないので何とも言え

ませんが、警戒色の基本部位は先端梁が優位であり煙室扉部への警戒色塗装頻度は少ないように思えます。岡山機関区のように逆V字の塗装も見られます。本機の先端梁はV1

であった事は名寄機関区時代の写真で解ります。


* 08/02は煙室扉周囲や缶胴被先端部の同様の作業、及び昨日のEM1活性溶液噴霧後の錆取り作業、及びEM2活性溶液の噴霧作業


* 08/03はテラス右と中央部の同様の作業。08/04は中央部・缶胴被最先端下部の作業。08/05はテラス左と大型手摺部の作業。08/08からは上記部位へのサビ転換剤の

噴霧と前部自動連結器・先端梁のケレン作業を行います。                                       次回の更新は2018/08/13の予定です。

* 08/08は6・7と休んでいる間に機体上部を担当している「宮本防水塗装店」の宮本さんを始め従業員4名の方が作業を開始されていました。6日にはテンダー全体のケレンを

終了し、7日には前部缶胴被上部をケレンされていました。いずれも私の指摘した通りの作業内容でして流石にプロ集団の素早い仕事でした。

 8日私は前端梁右部位から警戒色塗装を確認した後、自動連結器までのケレン作業を行いました。警戒色塗装は名寄時代の明確なV1スタイルは確認できず、左側を含む全面

黄色であった可能性が高いので、名寄時代に塗り替えれられ追分時代に黒普通塗装に上塗りされた可能性が高いと思われます塗装店の方々は缶胴被上部のケレン継続・砂ドー

ムとテンダーの錆止め剤塗装を行いました。

 9日は終日私単独の作業で自動連結器~前端梁左部位・解放テコのケレンしました。自動連結器座上部には 23 住友ロゴ 7-2-123が同右側面上部には 住友ロゴ シ42-3

7-2-123 同右側面下部には 住友ロゴ シ42-3 7-2-130 自動連結器錠揚げ前には B143B 8 ロゴ 12 住友ロゴ ナックルピンには Y 566 ナックル上部にはNH シ40-

11 星ロゴ 住友ロゴの刻印がそれぞれありました。

 10日は上記部位のサビ転換剤の塗布・煙室扉部位の同剤二度塗りを行うと共に、台枠先端下部~先輪車軸迄ケレンしました11日は教え子の還暦同窓会に出席・12日は西条

市C57-44号機の「シゴナナ・ぷらす」で作業は休みます。15日から作業は再開の予定です。                   次回の更新は2018/08/20の予定です。



*08/15日は左先輪部のケレンを行いました。先輪ボスには3か所にR、軸ツバには2310 174 シ24-3の刻印がありましたが機番を示す刻印はありませんでした。タイヤに

は住友ロゴ N13155 シ36-10 W68 NHシ37-9の刻印がありました。プラットホームとの距離が無いために先輪全体を撮影する事ができませんでした。左サイドの動輪に

関しても部分的撮影になる事をご理解ください。

 16日は続いて尻棒サヤ・尻棒案内・気筒安全弁・シリンダー前蓋・蒸気室前蓋をケレンしました。尻棒案内のにはL 79642 HMの刻印が、気筒安全弁の基盤ナットにはL1 

79642の刻印がありました。また蒸気室前蓋弁心棒サヤにもL 79642の刻印がありました。

 17日は先端梁裏側と台枠先頭部左側・テラス天井部・蒸気室前扉・シリンダー前壁をケレンしました。弁心棒サヤにはL 79642の刻印がありました。先端梁裏側や台枠との接

合部分は粉塵に覆われナットが判らない程の粉塵の堆積が認められました。

 18日はシリンダー被とシリンダー排水弁・同開閉棒を続いて弁心棒案内・シリンダー後蓋をケレンしました。排水弁開閉棒にはL 79642Lの刻印がありました。続いてシリンダ

ー後蓋・弁心棒案内をケレンしました。シリンダー後蓋にはL 79642の刻印が、弁心棒案内にもL 79642の刻印が、気筒安全弁のナットには???42の刻印がありました。

 19日は引き続きシリンダー後壁・第一動輪部までの台枠・コンプレッサー基部底・左第一動輪制輪子釣・頭をケレンし今週の作業を終えました。進行方向裏側の油煙と粉塵の塊

は尋常ではありませんでしたがエアーハンマーのお蔭で作業は順調に進んでいます。西条のC57-44の時はタガネを金づちで叩きながら作業で除去に手間取りましたが、作業工

具も日進月歩しており整備者には有難い事です。今週の大発見は左第一動輪制輪子釣にL1 29601の刻印がありました。29601号機は1976年に滝川機関区で廃車になって

いますが、1945年以降ずっと苗穂工場管轄下の機関区に配属されていますので本機が名寄機関区に配属された1969年以降に苗穂工場で転用されたと考えられます。

* 次回は08/22から作業再開です。次回は「宮本防水塗装店」推奨の橋梁用の強力な錆止め剤を手配して頂き、それにEMセラミック粉剤を混入しケレン済みの部位に塗装す

る予定です。ケレン作業としては左台枠・先輪・第一~第四動輪部・~テンダー台枠・従輪部を第一工程、右台・先輪・第一~第四動輪部・缶胴被下部~テンダー水槽下部・台枠

内部・従輪内部を第二行程、右台枠・先輪・第一動輪~第四動輪・テンダー台枠・従輪部を第三行程、左右のピストン・クロスヘッド~メイン・サイドロッドを第四行程、テンダー背後

と機体各部位の銅細管磨きを第五行程、運転室内を第六行程と考えております。ケレン終了部位から徐々に錆止め剤を塗布し、「宮本防水塗装店」の本塗り進捗状況に併せて本

塗りが可能な部位を塗装する予定です。 動輪のカウンターやピストン・クロスヘッドやリターンクランク・メイン・各サイドロッドをどのように塗装・処理するかは決定しておりません。                                                                                          次回の更新は08/27を予定しています。


* 08/22作業再開、20~21日で機体上部等のケレンと錆止め剤の塗布が行われていました。刻印の事を宮本社長さんにお話ししておりましたら従業員の方々も慎重にケレン

して頂き、左逆転棒の前方でF79642の刻印をまた右煙室内の反射板操作ハンドルに79642の刻印を見つけて頂きました。作業中も若い方が「これ何やろうか」とタガネによる

作業印を聞いてきたりして関心をもって貰い有難い事です。私はコンプレッサー下部・第一動輪部台枠・第一動輪上部をケレンしました。左第一動輪タイヤには住友ロゴ W91565

D シ44-4 (NH) 45-5の刻印がありました。

* 08/23 宮本社長さん達は運転室左右・天井、テンダー石炭庫口等をケレン、私は引き続き左第一動輪下部~加減リンク受け梁の前壁をケレンしました。ロッド等は後で全体

的にケレンする予定ですが、作業手順と刻印の確認研磨は実施しております。左第一サイドロッド油壷にはL1 79642が、第一サイドロッド油壷曲面にはHM 36.6 9600 1L

 22の刻印ありました。またクロスヘッド部のソケットにはL79642 45.5.29 NH(OM)がコッターにはL 79642の刻印がありましたが42の下に41の元印が確認されました。

これが事実とするならば79641号機は本機と共に1924年に汽車製造大阪工場で製造され共に名古屋管内に配属され、1937年に陸軍に供出されています。1933年には41号

は稲沢機関区・42号機は上諏訪に所属しており、このあたりで転用されたのでは無いかと想像されます。いずれにしろ79641号機の部品が引き継がれていたとするならば、貴重

な遺物とも言えます。結びリンクにはL79642がありました。左第一動輪軸ツバにはシ45-4の刻印がありましたがボスに本機を示す刻印はありませんでした。

* 08/24 宮本社長さんたちは、本日もケレン済みの部位に錆止め剤を終日塗られ機体の大半が赤茶色に染まりました。私は加減リンク受け梁の前壁・加減リンク・後壁・第二

動輪部台枠をケレンしました。昨日の作業中にテンダー前部右に溶接してある火格子揺り棒に漢数字で一九六五一の刻印を見つけてくれました。19651号機は1974年に鷲別

機関区で廃車になっていますが、1933年以降名寄機関区等に配属されていましたので本機が名寄機関区に配属された1969年以降に苗穂工場で転用されたと考えられます。火

格子揺り棒の漢数字表記は三次市の48650号機にもありましたが、火格子揺り棒の検出例が少なくこれも貴重な発見例となりました。加減リンク受け梁前壁にはCR 271 Lカ

?の打ち出し刻印が、さらに受け梁外端には住友ロゴ 13.4 B3520Jロゴ 加減リンク受け梁外側にはCR 271 ロゴ? L79642 B345 J住友ロゴが内側にもCR 271

 ロゴがありますが、ロゴの判読は打ち出し印が不鮮明で解りませんでした。加減リンク体にはL 79642が、受け梁後壁には79642の刻印がありました。

*08/24 宮本社長さんたちはテンダー部から本塗装を始めました。見る見る間に二液エキシポ系の漆黒の機体が蘇ってきました。私も午後から左先輪のスポークに174?(A)

の打ち出し刻印を確認後今までケレンしてきた部位(先端・先端梁裏・先輪部・シリンダー被・第一動輪部等)を錆止め剤で塗装しました。また左第二動輪部のケレンを始めました。

* 08/26 左第二動輪部ランボード裏・第二動輪担バネ・台枠・第二動輪をケレンしました。第二動輪のカウンターウェイトは第一動輪に比べると凹凸が激しく、サンダー泣かせ

の表面でした。タイヤには摩耗が激しく読み取れ難く、多分住友ロゴ W5152? D シ44-4 T139 (NH) シ45-5と読めます。第二動輪軸ツバ・ボスには現時点では本機

を示す刻印はありませんでした。

* 今週は宮本班も作業人員を増やされて作業されたので機体上部の80%が本塗りを終えています。恐らく27・28で完成・仕上げと思われます。29日が楽しみです。
                                                                                     次回更新は09/03の予定です。

* 08/29 28日に宮本班が作業をされており、ランボードより上部の機体の大半が本塗りを終えており左右の空気溜りを残すのみとなっています。本日は左第二動輪ボス・

軸ツバの再ケレンと缶胴被のケレンに追われました。 軸ツバには(NH)シ21-? シ22-9の刻印がありました。

* 08/30 本日は左第三動輪部台枠・ランボード下・第三動輪のケレンを終日行いました。動輪ボスに本機を示す刻印は認められませんでした。まタイヤには住友ロゴ 

W91703 D シ44-2 T109 (NH)シ44-4の刻印がありました。ロッド等の最終研磨は屋根もありますので磨き出しアクリル処理を考えており、最終行程で実施する予定で

すが、刻印は事前に確認しておりますので報告しておきたいと思います。メインロッド油壷曲面にはHM 37 6 9600 6が、第二サイドロッド油壷曲面にはHM 30 6 9600 

2L 355がありました。

* 08/31 本日は左第四動輪部・台枠・外火室側板等のケレンに追われました。第一動輪制輪子同様に第四動輪制輪子にもL4 29601の刻印がありました。

* 09/01 本日は左第四動輪及び速度計第一ギアボックス等のケレンを行いました。やはり動輪ボスには本機を示す刻印は見当たりませんでした。軸ツバにはシ42-12 

NH1361の刻印が、第一ギアボックスには形式9600 17:36の表示が、第三サイドロッド油壷曲面にはNN、38、8、 9600、3L、40、1、の刻印が、タイヤには住友ロゴ

W91379 D シ44-3 T107 (NH)シ45-5の刻印がありました。

* 09/02 本日は先週・今週でケレンした箇所に錆止め剤を塗布して作業を終了しました。来週からは運転室下部のブレーキシリンダー等の部位のケレンに取り掛かり、続い

てテンダー左各従輪部を行う予定です。                                   次回の更新は09/10の予定です。

* 09/05 本日は機体左側最後部のブレーキシリンダーや機関士座席下・分配弁空気筒などをケレンしましたが、配管等が交差しており、サンダーが届かない部位も多くあ

りました。ケレン出来ない箇所はせめて粉塵だけでもハツリで除去を試みましたが床直下にはハツリも届か無い状態で残してしまいました。速度計第二ギアボックス底部には、

9600形式 39-04 17:36の表示板がありました。左ブレーキシリンダー筒の底部には12 CT427の打ち出し刻印が、筒前後にはシリンダーの大きさを示す305×250

の表記がありました。また渦巻塵取りにはT10?80の表示がありました。 ケレンし難い箇所であり時間を取られた割には粉塵や旧塗装が除去できず残念です。



* 09/06 本日からテンダー左 台枠部のケレンを開始しました。機体本体の粉塵よりその不着度合いが多くやはりテンダーは余程の事が無い限り全般検査でも分解清掃さ

れる事無く点検で終えられた感があります。できるだけケレンしますがエアーハンマーによる打刻(ハツリ)で終えざるを得ない箇所も増加しそうです。左第一従輪担バネバネ鞍に

は061 MT40-3 C41-4 HM45-6の刻印がありました。貴重な記録としてはMT(松任工場)の記載がある事で、本機は1955年~1968年1月20日迄高山機関区に配属

されておりその間高山線を日本海側まで走行したことも多々有った事と思われます。本来ならば浜松工場での各検査を受ける筈なのですが、ヤードの関係で、松任工場で全検・

中間検査を受けたのでは無いかと思われます。従輪スポークには61の打ち出し刻印があり従輪軸ツバにはL3 19603 T75 ISW 1916-2-63353の刻印がありました。

19603号機は1976年に岩見沢第一機関区で廃車になっていますが、1947年に岩見沢機関区に配属されて室蘭機関区時代もありましたが大半を岩見沢機関区で活躍して

いました。従って本機が1969/06に名寄機関区に配属された以降に苗穂工場で転用されたものと考えられます。

* 09/07 今週末から四国地方は雨天が続きそうですので、サビ転換剤を塗っている煙室扉等の前方部を二液式の黒本塗装を午前中に塗り、午後からはテンダー左第二従

輪部のケレンに取り掛かりました。機体の先頭部~機体上部~機体左右~テンダーと黒塗り本塗装(部分的には今後二度目の塗装が必要)が終わり、機関車の漆黒の輝きが戻

ってきました。見に来られた方々から「わあ~こんなになるんですか!」と驚いておられました。作業はまだまだで砲金製の汽笛や安全弁部位・ロッドが磨き上げられたらさらに驚か

れる事かと思います。

 テンダーについて判明している事をお伝えしたいと思います。本機のテンダーは標準Aタイプのテンダーで全体の形状には変わった事は無いのですが、前方から3分2辺りで特徴

のリベットがありません。事前調査で一部ケレンした部分で溶接してつなぎ合わせた箇所が検出されておりましたが、宮本班が丁寧にケレンして頂きその全貌が明確にありました。

前方部の縦鋲3列も削平されており特殊な鋲形態となっています。整備が始まる前の5月に高圧洗浄中に本機を訪れられた方がおられます。岐阜県高山市からお越しのHP通称名

「高山キューロク」さんで、高山駅の歴史を調べたり高山機関区に所属した各機を訪問され資料としHPに公開されておられ、「高山機関区製作ブログ」本機を訪れられました。いろ

いろとお話しや情報交換をして頂きました。その節は有難うございました。後日同氏から高山機関区在籍時代の本機の資料を送付して頂きました。その写真で確認する限り高山~

稲沢時代は標準Aタイプそのものであり、本機が北海道(名寄)に転属以降、時期は判然としませんが、苗穂工場で別の96型テンダーと溶接接合したテンダーでは無いかと想像さ

れます。この二つのテンダーの合体は特殊な例と思われますが、私は広島県三次市の「48650号機」でテンダー台枠前部3分の1が9600型・後部3分の2が8600型であり、台

枠内部に鋼板をあてがいボルト・リベットで止め外側を溶接という大工事を行っている個所を検出しております。テンダー水槽部ですからさほどの作業では無いにしろ、水槽接合とい

う特殊な形が伺われます。

 09/08 昨日に続きテンダー左第一従輪部~第二従輪部を終日ケレンし、一部第三従輪部までを行い作業終了しました。

テンダー左第二従輪担バネ・バネ鞍にはC14 NH38-3 NH39-11 NH45-6の刻印がありました。また第二従輪タイヤには住ロゴ W11884 シ46-6 T78 (NH)シ46-

10の刻印がさらに第二従輪軸ツバにはシ35-2 12ロゴ 74969-43の刻印がありました。


* 09/09 本日は作業現場に出向きテンダー左第三従輪部のケレンを行う予定でしたが、八幡浜地方は大雨で屋根からの飛沫が酷く作業にならず、雨天時のケレンは禁物

であり雨対策をしてから松山に戻り休養させていただきました。来週は同部位をケレン後、いよいよ機体本体下部を先頭部から潜り込みケレンする予定です。
                                                                                 次回の更新は09/17を予定しています。

* 09/12 本日はテンダー左第三従輪部・同水槽底部のケレンを行い、更に機体先頭部から潜り混み先輪内側と同台枠等をケレンしました。機体下部ですが第一~第四動輪

間のブレーキ制動梁と路床との高さが無く、(動輪直径1.25mが影響)第四~運転室下部~テンダーは進入可能)届く範囲でのケレンが余儀なくされます。(C12やD51は1.4m

なので15cmの差)


 第三従輪担バネ・バネ鞍にはNH45 6 223 NH33 10の刻印がありました。NH33は1958年であり、本機が名寄配属はシ44・1969年であり、バネ鞍は本機以外の流用

と考えられます。またスポークには3920の打ち出し刻印がありました。

* 09/13 本日は運転室下部~テンダー左従輪部の錆止め剤を塗布しました。その後右前端梁内側等のケレンを行いました。

* 09/14 本日は左サイドの黒本塗り(一回目)を行いました。タイヤ・ボス・各ロッド・各銅細管は後日磨き出しや別塗装の予定です。

* 09/14~15 右先輪部のケレンを行いました。先輪輪体・軸ツバには本機を示す刻印はありませんでした。輪体にL 177の刻印が、タイヤには住ロゴ N13155 シ36-

10 T68 O(NH)シ37-9の刻印が、スポークには177の打ち出し刻印がさらに別スポークには標識板(金帯)があり、NH 159の刻印がありました。先台車バネ釣にはR 796

42がありました。左側はスポークと重なり7と2しか確認できませんでしたが、これで明確に両サイドの刻印が確認できました。尻棒案内油壷下部にはR 79642 HMの刻印が

左サイド同様にありました。蒸気室前蓋サヤにもR79642の刻印がありました。

 09/06にテンダー第一従輪バネ鞍にMT(松任工場)40-10の事を記載しましたが、「高山キューロク」さんから浜松工場はS37・1962から新幹線体制に移行しているので名

古屋管内の各機はMT(松任)・NN(長野)に振り分けらていたというご教示を頂きました。有り難うございました。これは私のロッドに関するHM・NN考と合致しております。尻棒案内

には左右ともHMの刻印がある事から尻棒案内は特殊部位なので、浜松工場に製造割り当てされていたものか、あるいはS37・1962以前に(稲沢機関区~高山機関区)浜松工

場で取り付けれられたと考えられます。名寄機関区以降は当然NH(苗穂)の表記が当然ですのでこれも他機刻印と共に貴重な経緯と思われます。右ステップには下請け鉄鋼会社

の略表記がありますが読み取れませんでした。

* 一応左サイドの塗装を終えていますので、動輪関係を記載しておきたいと思います。10/28に一覧表として転載しております。


* 次週は右シリンダー被~第一動輪部のケレンを予定しております。     次回更新は2018/09/24を予定しています。


* 09/19 右シリンダー被部位のケレン作業、シリンダー被を外して見ました。D51-10号機の様に気筒に製造年月日があるのではと期待していましたが、残念ながら無印


でした。その代わりに大量の鉄サビと粉塵が堆積していました。気がかりな「座布団アスベスト」は既に除去されていました。シリンダー被は下部まで腐食は見られず、きれいな

状態で特に下部は磨くと材質の良さが表れ輝きを増しました。下部の排水弁開閉棒にはR79642Rの刻印がありました。

* 09/20 シリンダー部後壁・弁心棒案内・シリンダー後蓋のケレン作業を行いました。後壁と台枠との接合部は特に粉塵の堆積が凄まじく、ボルトも粉塵の塊で隠れていまし

た。弁心棒案内油壷下部・シリンダー後蓋にはR79642の刻印が、後蓋基部にはB3503J 住ロゴ 134の刻印がありました。

* 09/21 シリンダー後壁・シリンダー後蓋・第一動輪部台枠のケレン作業を行いました。右第一動輪制輪子釣には左同様に?R1 29601の刻印がありました。

* 09/22 昨晩北九州市より、直方汽車倶楽部のメンバーである入江氏が来訪され22・23・24と手伝って頂く事になりました。左足の不具合で高所の作業に難のある

私には強力な「助っ人」であり感激・感謝に耐えない次第です。早速汽笛・安全弁のケレン~磨き出しに終日取り掛かって頂きました。私は第一動輪のケレン作業に終始。

第一動輪タイヤには住ロゴ W91178 D シ44-3 T109 (NH)シ45-5の刻印がありました。

* 09/23 昨晩は入江氏と二人が関わったD51-300・18・10号機の整備中やその後の様子、全国の保存機の情報談義や本機の今後の整備等の話で時間を忘れて

おりました。本日は入江氏には最初にテンダープレート、次に先頭のメインプレートのケレン・磨き出しをお願いしました。私は第一動輪~同ぶランボード下等のケレン作業

を行いました。逆転軸腕受け梁にはCR271 ネ(ロゴ) 加減リンク部前壁にもCR271 R カ(ロゴ)の打ち出し刻印が読み取れました。

* 09/24 入江氏は左右のプレートのケレンと磨き出しをお願いし、私は第一動輪部の細部のケレン仕上げを行いましたが、結局汽笛・安全弁・4枚のナンバープレートの

全てを入江氏にお願いする事になりました。入江氏のお蔭で本機のメイン部位が光輝きを取り戻し、祭日で「王子が森公園」で遊ばれている親子ずれにプレートを披露しますと、

皆さん口を揃えて美しい・綺麗・感激と言葉が続きました。一重に入江氏の卓越した技量のなせる業であり、本当に感謝いたします。有り難うございました、そしてお疲れ様でご

ざいました。私も機会がありましたら再びD51-10号機のお手伝いに参りたいと思います。

 

* 第一動輪部のケレンが終了しましたが、ロッド等は別磨きを行程に入れておりますので、現状のままですが刻印の確認はいたしております。第一動輪ボス・軸ツバは隠れて

おりますが、他動輪同様本機を示す刻印は無いものかと思われます。合併テコ・結びリンク・第一サイドロッド軸ツバ・同油壷・同曲面・クロスヘッド部のコッター・ソケットにはいず

れもR79642の刻印が存在しておりますが、ロッド等磨き出しの段階で写真と共に正式にお伝えしたいと思います。以下第二~第四動輪部に関しても同様にいたします。(磨き

出しをしない機体本体・台枠・制輪子等については検出次第紹介いたします。)

                                                  * 次回は09/27より作業を再開します。次回の更新は10/01を予定しております。

* 09/27 右先輪~第一動輪部位の錆止め剤を塗布し、第二動輪部缶胴被等のケレン作業、缶胴被は手の届く範囲でケレンを実施。加減リンク受け梁後壁には左同様796

42の刻印が、第一動担バネバネ鞍にはC281 NH 33-7の刻印が検出されました。

* 09/28 引き続き右第二動輪部位のケレン作業を実施、左同様受け梁外端には住ロゴ 13.3 ロゴ B358が、受け梁内側にはロゴ CR271が外側には同じくロゴ 

CR271 B3438J R79642の刻印がありました。第二動輪タイヤは不鮮明ですが住ロゴ D71080 シ44-1 T107 (NH) シ45-5の刻印が、ボス・軸ツバには本機を示す

刻印はありませんでしたが、軸ツバにはR2 (NH) シ23-6 10?の刻印がありました。この軸ツバに関しては本機が北海道配属前の年号であり、他機の転用と考えるのが妥当

かと思います。右第二動輪制輪子釣にはR? ?9601の刻印がありますが、左第一・第四同様に29601可能性が高いと思われます。

 台風24号接近の為夕刻に宮本班が安全対策として覆いのメッシュの結束作業を行いましたので、自動的に作業停止となりました。同時に下部に堆積するケレンによる粉塵や凝

固塊等の一時除去を行いました。45L入りの土嚢で30袋の量でした。足場だけの状態になりましたので現況を撮影しました。一見綺麗に見えますが、私の下からのケレン作業の

粉塵の巻き上げで機体は薄汚れてはいますが、通りがががった皆さんからは「もう完成ですか?綺麗ですね」と言われ、台風対策ですとお答えしますと「頑張ってくださいと」激励さ

れました。よく遊びに来る子供達からは八幡浜特産の「みかん」の差し入れもあり、地域の方々に温かく見守られている本機です。台風通過まで作業は休止し、私も松山に戻ります。

* 10/03 台風24号の影響も雨だけだったようです。再び覆いが戻りましたが、機体右サイドには屋根の覆いが浅くかなり機体に雨がかかっていました。03は右第三動輪部上

の缶胴被・台枠・ランボード下部等のケレンをしましたが、夕刻からは早くも台風25号の影響を受けて雨が降り始めました。雨はケレンには不向きでして湿気が多いとEM2活性溶

液の効果も出ないので、右サイドの進捗は天候に左右されます。04も雨模様で雨対策をして松山に引き上げました。台風通過まで右サイドの作業は延期いたします。今後も秋雨

前線の影響を受けるようでしたら、作業工程を変更し第四動輪内部・運転席下・テンダー台枠内部・運転室等の作業に変更せざるを得無いかと思われます。写真は次回に合わせ

て紹介いたします。                                                        次回の作業は10/08からを予定しております

* 10/06 台風が秋雨前線を刺激したので雨が05も降り続きましたが、06は晴れそうなので現場へ。雨対策はしていたのですが強雨の為にケレン済みの右第二動輪部は錆が

出始めていましたので午前中は再度サンダーで錆を除去し午後から右第三動輪部のケレンに取り掛かりました。

* 10/07 午前中にケレン終了し午後からは第二・第三動輪部のサビ止め剤を塗装しました。右加減リンクの受け梁内側には外側同様CR271の刻印がありました。第二動輪の

リムには二か所の修理痕跡が、第三動輪のスポークにも修理痕跡がありました。 部品の供給が出来ない時期に差し掛かっていたのか、修理可能な状態だったのかは解りません

が左動輪には見当たらなかったので珍しいかなと思います。第三動輪タイヤには住友ロゴ W91178 Dシ44-3 Y169 (NH)シ44-5の刻印がありました。今回は錆止め塗装の

タイミングが取れず一週間近く雨の影響を受けた為に第二動輪は再度研磨せざるを得ませんでした。二重手間であり今後はハツリの状態で揃えておき、一気にケレン・研磨が効率

的と判断し第四動輪部から旧塗装・粉塵除去で止め、天候を予測してケレン~研磨~錆止めを行うように作業変更し、雨天時はテンダー台枠内・運転室内の作業に変更します。

* 10/10 本日も当地は雨模様なので、第四動輪部の整備はハツリ・手金鎚による旧塗装・粉塵の除去を行いました。11日も小雨が続きブレーキシリンダー部まで同様の作業

に追われました。

* 10/12 やっと天候が回復しましたので、ハツリで止めていた部位を一気にサンダーでケレンに移り、作業的な遅れを取り返しました。右第四動輪制輪子釣にはR?2960?の

刻印がありますが0の次にYが被さっており、定かではありませんが、左右第一動輪同部位・左第四動輪同部位の29601の可能性が大と思われます。第四動輪タイヤには住友ロゴ

W
 91175 D シ44-3 T 109 (NH) シ44-5の刻印が認められました。 軸ツバにはロゴ 72031-21・ロゴ シ 42-5の刻印が、右ブレーキシリンダ-ボックス底部には12

CT427 XXの刻印がありました。

* 10/13 昨日ケレン完了した部位に錆止め剤を塗布しました。明日は西条市C57-44の「シゴナナプラス」がありますので作業は休止します。水曜日天候がよければ、右先輪

~第四動輪部まで黒本塗り一回目を行いたいと思います。


* 10/17 好天に恵まれましたので終日右先輪~第四動輪までの黒塗りを行いました。以下が作業状況です。

 * 10/18~19 運転室下部残りとテンダー右ステップ~第二従輪部までのケレンを行いました。テンダー右ステップの下段にはCARNEGIE・・USの文字がありましたが第二従

輪上部の台枠と水槽下部の充鋼の・・ARNE・・・USAの文字からCARNEGIEロゴUSAという事が判明しましたが、アメリカの鉄鋼メーカーなのでしょうか?私には解りません。第一従

輪部に関してはタイヤには住友ロゴ W ?1765 シ44-5 T78 (NH)45-5の刻印が、軸ツバにはシ10-? O38 R3 19603の刻印がありました。19603号機は1976

年に岩見沢第一機関区で廃車になっています。本機が1966年に名寄機関区に配属後転用されたのでしょう。また軸箱の下部受け梁には
L 39679の刻印がありました。39679

号機は1976年に岩見沢第一機関区で廃車になっています。やはり本機が名寄機関区に配属以降に苗穂工場で転用されたのでしょう。

 さて問題へのバネ鞍ですが左第一従輪バネ鞍同様にNH45-6 O38 MT39-12の刻印がありました。左右にMT(松任工場)を示すことから本機の部品と考えたいのですが確定

が出来ません。東海・北陸地域から本機のみが配属されているのなら100%確定ですが、29657号機も1964~65年に福井機関区、1966高山・1968稲沢機関区と本機の後

を追うように1971年に旭川機関区に配属されていますので、どちらかの部品と考えざるを得ません。

 第二従輪部に関しては、担バネバネ鞍にはNH45-6 軸ツバにはシ35-5 NH668の刻印が、タイヤには住友ロゴ W71964 シ44-6 T78 (NH)46-10の刻印がありました。


* 10/20 本日は第一従輪~第二従輪部位の錆止め剤塗装作業行いました。以下が作業状況です。


* 10/21 第三従輪部の途中までケレンをしました。途中経過ですが判明した事をお伝えしたいと思います。バネ鞍にはNH39-11 NH45-6の刻印が、軸ツバには シ41-4

NH198の刻印が確認されました。09/07でテンダー側板のリベットの有無から別テンダーとの溶接の件を記載しております。実は左台枠第三従輪部にも溶接の箇所があり。台枠

バネ鞍部にL 1???1の刻印を確認はしておりましたが、右サイドにケレン待ちで確定するつもりでした。同部位をケレンしますと同様に溶接痕と明確にR 19611の刻印が検出

されましたので左も19611であり、テンダー台枠後部は19611号機の台枠である事が判明しました。19611号機は1968年に稚内機関区で廃車になっています。本機が名寄機

関区に配属後か同機が廃車後に苗穂工場で溶接作業が行われたかと思われます。三次市の48650号機は前3分の1を96型・後3分の2を86型で溶接してありました。台枠裏側

に鋼板を充てボルトで固定しさらに溶接という形状でしたが、本機の場合は同じ96型同士なのか自重の構造上からなのか溶接だけで済ましている違いは明らかです。水槽側板の溶

接・リベットの違い・台枠の溶接・バネ鞍のMTの存在など79642号機は興味深い事実が多く見られます。

* 次週は第三従輪部残りとテンダー後部下部のケレンを予定しています。次回更新は10/29の予定です。

* 10/24 本日午前中は第三動輪部のケレン継続、午後からはテンダー後端梁右側のケレンを行いました。第三従輪タイヤには住友ロゴ?3875 シ45-6 T78 (NH)シ46

-10 の刻印が、リムにはNS 8の打ち出し刻印がありました。最後部の排障器受け梁にはR 19611の刻印がありました。これでテンダー台枠後部は19611号機である事が確

定出来たのでは無いかと思います。テンダー後端梁のケレンでは名寄・追分時代の警戒色塗装(黄色)が残存していましたが42年の歳月を経て完全にケレンさせて頂きました。

* 10/25 終日テンダー後端梁・自動連結器部位等のケレン作業を行いました。自動連結器胴にはシ46-11 BIFロゴの刻印が、ナックルピンにはY 191、ナックルにはシ44

-10 496126 ロゴ・底部にはF75の刻印がそれぞれありました。

* 10/26 午前中に後端梁左・梯子部位をケレンし後端梁ケレン終了、さらに左右第三従輪制輪子部位をケレンしました。左右制輪子にはNH 24の刻印が、右制輪子釣りには

R 29633の刻印がありました。29633号機は1974年に池田機関区で廃車になっています。本機が1969年に名寄機関区配属後に苗穂工場で転用されたのでしょう。左制

輪子釣りにはR1 29634の刻印がありました。刻印が明瞭でないので写真では29684とも読み取れるのですが、29684号機は高崎機関区所属しており、1936年に陸軍に供

出されています。本機は1933年には上諏訪機関区に配属されており管轄工場は長野、29684号機の管轄工場は大宮であり、先ずこの段階での転用は考えられ難いと思われま

す。29634号機は1971年に旭川機関区で廃車になっています。やはり本機が名寄機関区配属後転用されたと思います。午後からは第三従輪部・テンダー後端に錆止め剤を塗

布しました。

* 10/27 午前中にテンダーステップ~第一~第三従輪~後端梁の本黒塗り(一回目)を行いました。次に電源・エアホースの配置転換を行い右第二空気溜・繰り出管のケレ

ンを行いました。

* 10/28 午前中に第二空気溜・繰出管後部をケレンし、午後からはタービン・ATS発電機部位をケレン終了しました。タービン発電機には修理表示板があり、昭和30年修理

・修理番号1042・東京 三鷹車両機製作の記載がありました。タービン発電機にはA679、ATS発電機には7266の刻印が上部にありましたが。製造名盤では無いので部品番

号と思われます。(ATS部品番号写真の7260は7266の間違いです。後日訂正いたします。)

* 次週は左コンプレッサー等のケレンに移ります。次回更新は11/05の予定です。左右の先輪~従輪のケレンが終了しましたのでタイヤ関係を一覧表にしました。

* 79642号機 タイヤ関係一覧表 ケレン時は刻印の彫りが甘く判読不明の刻印もありましたが、全体的に調整確認と他のタイヤとの関連性から一部写真紹介と異なっ
ておりますが、こちらの方が正しいかと思われます。

            刻印 タイヤ厚   部位            刻印 タイヤ厚
住ロゴ N13155 シ36-101 T68 O(NH)シ37-9 4.8cm 先輪 住ロゴ N13155 シ36-7 T68 O(NH)シ37-9 4.8cm
住ロゴ W91565 D シ44-4 T109(NH)シ45-5 5.0cm 第一動輪 住ロゴ W91178 D シ44-3 T109(NH)シ45-5 5.2cm
住ロゴ W5152? D  シ44-4 T139(NH)シ45-5 5.8cm 第二動輪 住ロゴ W71080 D シ44-1 T107(NH)シ45-5 5.7cm
住ロゴ W91703 D  シ44-4 T109(NH)シ44-5 5.2cm 第三動輪 住ロゴ W91178 D シ44-3 T109(NH)シ45-5 5.1cm
住ロゴ W91379  D シ44-2 T107(NH)シ45-5 5.8cm 第四動輪 住ロゴ W91175 D シ44-3 T107(NH)シ45-5 5.7cm
6.3cm 第一従輪 住ロゴ W?1765 シ44-5 T78(NH)シ45-5 6.3cm
住ロゴ W1184 シ46-6 T78 (NH)シ46-10 7.0cm 第二従輪 住ロゴ W71964 シ44-6 T78(NH)シ46-10  7.0cm
7.0cm 第三従輪 住ロゴ W?3875  シ45-6 T78(NH)シ46-10 7.0cm

* このデータから想定できる事を述べたいと思います。先ず先輪ですが本機はシ44-6に名寄機関区に配属されていますので、先輪のO(NH)シ37-9取り付けから、本機の

先輪では無く他機の先輪の転用と考えられます(NH)の前のOの意味が不明です。次に各動輪ともシ45-5名寄配属1年後に取り付けられています。左右の摩耗の差は若干

違いますが順当かと思われますが、追分機関区廃車のシ51-3の約6年間の走行の割には消耗が少なく、名寄後半にはその迷彩塗装の関連からも構内入れ替え等に従事

していた可能性は高いと思われます。同じシ45-5にテンダー右第一従輪が取り付けられていますが摩耗には最大1.3cmの差があり、動輪と従輪との重圧関係を証明して

いるかとも思います。テンダー右第二・第三従輪はシ46-10に取り付けられておりタイヤでは最後の交換がなされています。廃車までの5年間の走行とは思えない程摩耗は

少なく新品同様であり、これも運用が少なかった事に比例しているのかあるいはテンダーを最後に取り換えた可能性があり、水槽後部や台枠後部の19611号機との溶接と

も関連しているのかも知れません。以上私見を述べさせていただきました。これらの御事情をご存知の方のご指導をよろしくお願いいたします。2018/10/29 大山


* 10/31 終日コンプレッサー部位のケレン作業に従事、上部にHM604 KR390の刻印が、側面プレートにはNH108の刻印がありました。

* 11/01 終日、 左第一空気溜部位のケレン作業。第一は修理した為にリベットがありケレンに難点がありました。

* 11/02 終日、先週ケレン下タービン・ATS発電機・右第二空気溜・コンプレッサー・左第一空気溜りの各部位に錆止め剤を塗布しました。両発電機とコンプレッサーには

煙室扉で使用した錆転換剤が余っていたので使用しました。

* 11/03 終日、錆止め剤を塗布していたテンダー後端梁・自動連結器、昨日錆止め剤を塗布した部位の黒本塗り(一回目)を行いました。テンダー後部に関しては本機が現

地に保存されて以後白黒のゼブラ塗装(警戒色塗装とは異なる)にされていました。元より警戒色塗装では無いのでそのように復元する事は考えておりませんでした。先頭部前端

梁や煙室扉をケレン中に同部位にも本来の警戒色塗装がなされていた事が判明し、名寄時代は前後共に警戒色塗装、追分時代はテンダーのみであり、本来の名寄時代に戻す

のも一理かとも思いましたが、構内入れ替え用を主たる業務とする国鉄最終時期の機関車の姿は本線を疾走するイメージと合いません。高山~稲沢~名寄初期の本来の姿が

最も相応しいかと思い、市当局と話し合った結果、本来の黒塗りとすることに決定しました。

* 本日で錆止め剤を塗布した機体各部位の本塗装(一回目)は終了しました。錆止め剤の細かい隙間部位への付着は、本塗装(二回目)の際にエアスプレーガンで塗りつぶし

ます。

 機体全体をメッシュ幕で覆っていますので、その粉塵の量が夥しく今後の作業に支障を来しますので来週からの運転室内のケレン・ロッド等ケレンが終了次第、一度高圧洗浄を

する予定です。作業行程としては運転室内のケレン・塗装と部品装着整備~ロッド磨き出し~銅配管磨き出し~テンダー後部内部ケレン~機体内部第四動輪部・運転室下ケレン~

灯火取り付けを予定しております。より細かく手間のかかる部位の作業ですので整備終了を12月末と見込んでおりましたが、来年1月末とする方向で市当局と調整しております。



* 11/07~11 いずれの日も終日運転席内のケレン作業に終始しました。入口部後壁~天井~機関士席部位~室内天井部~焚口炉を含む釜全体~機関助士席部位の一

部までを行いましたが、96型は天井部との間が狭く特に速度計より前上部はサンダーの届く範囲が限られ、また各銅管・細管が交差している為と私の技量不足でハツリが精一

杯の箇所もあり、改めて96型の整備の難しさを知らされました。来週も運転室内のケレンをしますが、手作のケレン棒等で何とか対応したいと思います。

 機関士席前の回転式丸窓ですが表示プレートがありましたので紹介しておきます。旋回窓 形式CK300 製造番号 557 2 重量6kg センターレス工業株式会社 昭和40

年5月と判読されます。岩見沢市の嶋田様から送られてきた後灯「LP42」と本機の同残骸を組み合わせて後灯の復元を試みております。西条市のC57-44号機も同様でしたが、

完品の「LP402」を送って頂きましたので不要となりしばらく館内で展示した後、三次市の48650に仮設しておりましたが、現在は宇部市のD51-18号機に安住の地を得ており

ます。44号機と同じく北海道を走行していた本機が北海道の灯火を装着できるのも幸運と言えます。

 私も各機の整備をさせて頂いておりますが、本機も火室内の火格子上に最後に走行した際の石炭の燃焼カスが残存しており珍しいのですが、残念ながら後から石隗が投げ込ま

れ現位置を保っておりませんでした。44号機の場合はそのままの状態でした。今回の驚きの発見は機関助士席の上の天井部にヒューズを格納する小ソケットがありますが、その

中にヒューズ管が存在していた事です。ケレンするまで気づきませんでした後日精査したいと思います。

* 11/14~16 運転室内の各部位のケレン作業を16日の午前中まで行いましたが、速度計より前方はサンダーの届く範囲になってしまいました。また左上天井部は手作り

のケレン棒で可能な限り剥ぎ取りましたが、高圧洗浄でも残存した完全な塗装には歯が立ちませんでしたのでそのまま上塗りをいたします。機関士席左の盗難損失している砂巻

きハンドルの下にはカバーは欠損していますが、電磁給排弁装置があり表示プレートが残存していました。午後は錆止め剤を塗装しました。以下の状況です。

* 11/17 東京からK氏が来訪されました。整備の状況をご説明した後来訪記念に後灯LP42の塗装をしていただきました。K氏にはホームページにK氏の撮影された写真の

多くを引用させて頂いております。完成したら再び当地にお越しとの事でした。今日は朝から晴天に恵まれテンダーのナンバープレートが朝日に輝いていました。午後からはテン

ダー内第三従輪部位のケレンに取り掛かりました。

* 11/18 終日テンダー内第三従輪部のケレンを行いました。台枠溶接接合部の確認をしました。私は48650号機のテンダーが96型と86型の溶接接合を確認しておりま

すが、今回も台枠の溶接接合を確認するという整備する者としては貴重な体験をさせていただきました。48650号機は比較写真の如く溶接接合のみで無く、内部に鋼鈑を充て

ボルトで固定するという方法でした。本機の場合は単に溶接をしているに過ぎません。48650号機の場合96型と86型の台枠溶接という事と、場所がテンダー前部であり積載

過重の影響を考慮しての接合であったかと思われます。本機の場合は同じ96型の19611号機のテンダーであり、場所も後部であり積載荷重は余り掛からないために斜め接

合で済ましているかと思えます。(自動連結器胴の写真が反転しております。後日修整いたします。)


* 11/21~23 終日左側第一~第四迄のロッド等の第一次ケレン(塗装幕剥離)を行い、24は運転室下部下部・テンダー内第三従輪部~運転室内の第一次塗装を行いま

した。25は右第一・クロスヘッド部の第一次ケレンを行いました。左側では合併テコ・結びリンク・ソケット・コッター・第二サイドロッド軸ツバ・釣りリンク両側・逆転軸腕・第二サイ

ドロッド右油壷・ビッグエンド油壷・同受金・第三サイドロッド油壷にそれぞれL79642の刻印がりました。またメイン・第一~第三ロッドには取り付け表示刻印が、さらにメインロ

ッド凹部には製造刻印がありました。

.

* 11/28 天気予報通りの雨天でしたので、公園への訪問者も無くて終日高圧洗浄で積りに積もった分厚い粉塵を除去しました。8月以来ですので中々手強く単に高圧だけで

は完全に洗い落とす事は出来ず。次回の洗浄はロッドや銅管・細管・運転室内等の磨き出しで金属粉が再び付着しますので、高圧と共にモップ掛けをして落とします。完成直前

に最後の洗浄をと考えています。

 29~12/1は左サイドの第一~第四動輪にかけてのロッド等の鏡面仕上げを終日行い、1日午後には右第一の一部の鏡面仕上げをして今週は終了しました。各部位にそれぞ

れ79642の刻印が認められましたが、左第二サイドロッド側面にはシ30.6.8の刻印が、左エキセントリックに7966?の刻印が微かに残留していましたので、リターンクランクと

共に来週に時間をかけて精査する予定です。八幡浜新聞社の松井記者さんから1976(昭和51)年4月11の八幡浜新聞に本機が到着した記事と保存式典の様子を報じる記事

のコピーを頂きましたので紹介しておきます。

 日曜日は運転室の完全な整備をしたいと思いますので、「直方汽車倶楽部」江口代表の承諾を得て本機と同型の59647号機の写真撮影に参りますので作業は休止しました。

なお、12/09は西条市の「シゴナナぷらす」がありますので二週連続日曜日は休止となります。次週は引き続き右サイドのロッド等の鏡面処理を行う予定です。


* 12/05 本日は雨天の為運転室内の銅配管や注水ポンプ部位等の磨き出し処理を終日行いました。06~08はいずれも右クロスヘッド・メインロッド・第一サイドロッド・

第二サイドロッド・ビッグエンド・リターンクランクまでの鏡面処理を行いました。作業の結果以下の刻印が検出されました。第一サイドロッド油壷・軸ツバ・右釣りリンク内外・加

減リンク下部・リターンクランク・ビッグエンドクサビ・同受け金にはいずれもR79642でした。メインロッド凹部には30 10 5 第二サイドロッドにはシ30、6、8の刻印があり

ました。

 エキセントリックロッドには79630と読み取れるのですが、疑問点が生じました。一つは96の刻印だけが字体も大きく、7は微かなので7であるとの確証はもてません。その

7と30は同じ字体も大きさも同じです。かりに79630号機としても1933に陸軍に供出されており、それ以前は仙台局管内ですので本機との接点がありません。7は考えずに

9630号機とした場合1950年に後藤寺機関区で廃車になっており、本機は上諏訪~高山機関区時代であり、九州の後藤寺機関区からの提供とは考え難い状況です。どちら

でも無いとすれば96の字体の大きさから後から打ち直されたと理解するのがもっともかと思われます。そうすると7・・30は78630以外は該当しませんが、これも本機とは全く

接点が無く、現時点でこの刻印に関しては私にはお手上げです。どなたかの御教示を頂きたいと思います。


 来週は右サイドの続きと各動輪等の塗装を考えておりますが、雨天時は運転室内の作業に切り替えます。

* 12/12~16の作業内容は、引き続き右各サイドロッド等の鏡面処理仕上げと砲金部位・各銅配管の磨き出しを行いました。右第一動輪のボスには15の刻印は確認しており

ましたが、サンダーが届かず回転棒ブラシで磨くと(NH)シ14-3 T115の刻印が確認されました。本機が名寄機関区に配属される以前の年号であり、右一第動輪ボスは他機の

ボスを後年転用した事が判明しました。また右先輪軸ツバの刻印は非常に薄く柔らかいブラシで磨きますと、(NH)シ27-7の刻印が確認されました。これも同様に他機の軸ツバ

である事が判明しました。また右第三サイドロッド油壷にはR4 79642の刻印がありますがその下部に49669の刻印が認められました。49669号機は1969年に名寄機関区

で廃車になっています。本機が名寄機関区に配属後か同機が廃車後苗穂工場で転用されたと思われます。

 各動輪ボスはカウンターウエイトと共に黒色を考えていたのですが、直方汽車倶楽部の59647号機の様に磨き出しが望ましいかと判断しロッド同様に鏡面処理仕上げとしました。

砲金製部位は特に問題は無いのですが、銅管(特に細管)はサンダーの研磨摩擦により表面の温度が高くなり、冷えない段階でアクリル処理を行いますと白色に表面が変化し、さ

らにアクリル落としには時間がかかりますので銅管の処理に時間を費やしました。右サイドはタイヤの塗装も終わりましたので一部を除きほぼ終了段階になりました。15は右サイド

の各動輪タイヤの塗装を行いコンプレッサーの銅帯や砲金部位・銅細管の磨き出しにかかりました。16は午前中に各動輪タイヤの塗装を行いましたが、昼から雨模様となりました

ので第一・第二動輪ボスの鏡面処理磨き出しを行い終了しました。どうしても粉塵対策で送風機を回しますと湿った空気を呼び込みサンダーの回転で水滴が生じますので、雨天時

の磨き出し・鏡面処理は禁物です。 来週は引き続きこの作業を行い年内で機体下部はほぼ完成になります。ロッド等の裏面・下部・繋ぎ・ジョイント部は銀メタリック・サビ転換剤

(銀)を塗る予定です。

 来年1月26日(荒天順延)の歓声披露式の時間等が決まりました。午前10時~11時です。大城八幡浜市長をお迎えし、地元神山小学校の児童会長さんと除幕をして頂き、引き

続き御来賓・児童有志による主灯・副灯・後灯の点灯式、さらに大音響の汽笛音を楽しんで頂きます。運転室内はほぼ(流行り言葉?)復元しております。各部位も可動します、また

火室内は照明をし内部には最後の走行時(1975/05/06名寄~上興部)の石炭燃焼カスを展示しております。後半は私が本機について歴史や特徴・整備して判明したことを簡単

に説明いたします。

 午後1時からは地元神山公民館による一般の方も含めた「機関車講座を」行います。式典同様に操作をして頂き、HOゲージやピストン・ボイラーの模型を使用して分かりやすく説明

したいと思います。本年で終了した西条の「シゴナナぷらす」の再来です。興味・関心を持たれている方はどうぞお越しくださいませ、大歓迎ですが寒い1月ですので防寒対策をしてお

越しください。

* 18~23の作業ですが、雨天や急に雨模様になる日が多くテンダー従輪の塗装・左第三~第四ボスの鏡面仕上げ、雨天時は運転室内の磨き出しや左サイドの各銅管の磨

き出し、砂巻き器の磨き出しと天候の状況に合わせて作業を行いました。左右とも動輪のカウンターウエイトを除いて塗装は終了しております。運転室内は左注水器の磨き出し

と5月に事前に磨き出ししていた左水面計も再度磨き出しを行い、運転室内の銅細管も数本磨き出しを行いました。金・土は天候に恵まれたので左サイドの各銅配管を磨き出し

ました。砂巻き器は管内に噴出し分の砂が残存していました。左第三動輪軸ツバの精査では20703 15/16 2 L ICCT シ22-9の刻印が、第四動輪軸ツバにはシ42-

12 NH1361の刻印が認められました。左注水器の上部には逆ですがL222の刻印がありました。

* 26~28の作業内容は26・27で右砂まき装置、缶胴被上・動輪周りの左右銅細管の磨き出しを終了し機体に関しては、各ロッドの裏と下部にシルバーのサビ転換剤の塗

布を残すのみとなりました。28は運転室内右注水器部位の5月のテスト磨きを削除し改めて磨き出しを行い本年の作業を終了しました。煙室扉のハンドルに八幡浜地方の正月

しめ飾りを付けて小雪の舞う八幡浜から松山に戻りました。新年は4日から作業再開で運展室内を集中的に整備する予定です。皆様良いお年をお迎えくださいませ。
                                                                                              2018/12/28


* 04~06の作業内容は連日運転席内の各部位・銅細管等の磨き出しを行い、一部を除き終了段階にこぎつけました。次週からは銅粉塵をエアー・洗浄で取り除き天井部

や配管等の塗装を行う予定です。

* 09~11の作業内容は引き続き運転室内の各部位の磨き出し仕上げと、天井部の塗装作業を行いました。岩見沢市の嶋田様から送られてきた後灯LP42と本機の同残

骸と組み合わせて復元した後部火を装着し点灯しましたが淡い独特な光が浮かび上がりました。また運転室後部に四国では装着しない寒冷地特有の風雪遮断(遮蔽)幕を取

り付けました。12は雨天のため作業を中断し仕上げ部品購入の為に松山に戻りました。天候が回復次第塗装作業を行い、15には盗難防止の為に各部位の溶接作業を地元

中野鉄工所さんにお願いしております。


* いよいよ作業も終盤を迎えており、順調に進めば現状では26日に完成披露を迎えます。最終段階に来ておりますので松山に戻りませんので、次回は完成状況や披露式

典・神山公民館主催の「機関車講座」等の様子をお知らせしたいと思います。次回の最終報告は01/28を予定しております。

* 01/20 別件で急遽松山に戻りましたので、本日までの状況をお知らせしたいと思います。運転室内を集中的に作業を行っております。速度計の文字盤を磨きましたが

不鮮明な箇所もあり、別の文字盤を重ねて修復しております。旧文字盤は株式会社工進精工所 23 10 NO2875でした。各圧力計も装着し盗難防止の為に中野鉄工所

さんにバルブ等も含めて溶接作業をお願いしました。子供たちの運転室からの転落防止の為に、右入口部に3列の鎖を溶接していただきました。主・副・後灯もナット部を溶

接しております。一つ残念な事は岩見沢市の嶋田正樹氏のお手配で逆転ハンドルを入手できたのですが、本体とハンドルが外せない為に輸送手段・北海道が大雪による荒

天の為に該当店から発送はされたのですが、整備・取り付けは間に合わないかと思われます。他の部品と共に後日作業を行う事で八幡浜市の了解を頂いております。

 全ての窓も無事入り運転室らしくなりました。残りは機体銅細管等の元の位置への取り付け、塗装の再確認、子供達が遊びによく来ますので煙室扉下部と運転席内に滑り

止めのマットを敷き、以前に作成していた入口の階段をセットすれば全ての整備作業は終わり、披露式典に向けて各部位の表示ラミネートを張り、電気関係の配線をすれば

全て完了となります。週末の好天を期待するばかりです。HPアップして八幡浜へ戻ります。次回は上記の通り最終報告となります。

* 01/21 八幡浜市建設課に待ち望んだ逆転ハンドル部位が到着しました。本体約90kgもあり建設課長さんら3人がかりで中野鉄工所に運び込み、ハンドル外しをお

願いしました。その日の内にハンドルは外れ本機の本体に合わせて見ましたが、20mmネジのピッチが合わず本体の内部迄ねじ込む事が出来ませんでした。96型のハ

ンドルでは無い模様で(恐らくC58型用か)取り付けに苦慮しましたが、まがりなりにも回れば子供たちは楽しみますので、軸を少し研磨しワッシャーを5枚挟みねじ止めし

空転状態にしました。これなら幼稚園児でも軽く回すことができますので機関士席前が賑やかになりました。

22日には左注水器ハンドル・砂巻きコック軸の溶接も終わり、機体・運転室内の整備作業は全て完了しましたので今までに判明し本機の刻印を一覧で示したいと思います。


                               79642号機 刻印一覧表

機体 本体・台枠・動輪・ロッド等
部位
23 住友ロゴ 7-2-123 自動連結器座上部
住友ロゴ シ42-3 7-2-123 同 右側面上部
住友ロゴ シ42-3 7-2-130 同 右側面下部
B143B 8 ロゴ 12 住友ロゴ 自動連結器胴 錠揚げ前
住友ロゴ K 錠揚げ左側面
Y 566 自動連結器 ナックルピン上面 
NH シ40-11 星ロゴ 6098 自動連結器 ナックル上面
B3413J CR 271 先台車復元装置中心ピン
製造番号1074 製造年月 39-9  主灯 LP403 森尾電機株式会社
名盤無し 副灯火・シールドビームLP405
174?(A) 先輪・スポーク 177の打ち出し刻印
先輪・スポーク標識帯 NH 159
2310 174 シ24-3 先輪・輪体・軸ツバ L 177  (NH)シ27-7
住ロゴ N13155 シ36-10 Y68 O(NH)シ37-9 先輪・タイヤ 住ロゴ N13155 シ36-10 T68 O(NH)シ37-9
L 79642 先輪・先台車バネ釣 R 79642
L 79642 HM 尻棒案内・油壷 R 79642 HM     浜松工場
L 79642  蒸気室前蓋サヤ R 79642
L1 79642 気筒安全弁・基盤前後ナット
L 79642L シリンダー排水弁開閉棒 R 79642R
L 79642 シリンダー後扉 R 79642 基部 B3503J 住ロゴ134
L 79642 弁心棒案内 R 79642
L 79642 45.5.29 NH(OM) クロスヘッド部・ソケット R 79642 45.5.29 NH(OM) 大宮工場製
L 79642  42の下に41の元印 クロスヘッド部・コッター R 79642R
L 79642 合併テコ R 79642
L 79642 結びリンク R 79642
7966? 偏心棒
L 79642 加減リンク R  79642
L 79642 釣りリンク内側 R 79642
L 79642 釣りリンク外側 R 79642
釣りリンク・腕
L 79642 逆転軸腕・軸座 R 79642
(NH)シ14-3 T115 第一動輪・ボス NH)シ14-3 T115
シ45-4 第一動輪・軸ツバ
住ロゴ W91565 D シ44-4 T109(NH)シ45-5 第一動輪・タイヤ 住ロゴ W91178 D シ44-3 T109(NH) シ45-5
F 79642 逆転棒
反射板テコ 79642
L1 29601 第一動輪・制輪子釣り R1 29601
HM 36.6 9600 1L 22 第一サイドロッド油壷曲面
第一サイドロッド・軸ツバ R 79642
L1 79642 第一サイドロッド・油壷 R 79642
第一サイドロッド・軸ツバ R1 79642
CR271 Lカ(?)文字かロゴか? 加減リンク受け梁前壁 CR271 R カ(ロゴ?)
逆転軸腕受け梁 CR271 R ネ(ロゴ?)
(NH)シ21-? シ22-9 第二動輪・軸ツバ R2 (NH)シ23-6 10?  他機転用
住ロゴ W5152? D シ44-4T139 (NH)シ45-5 第二動輪・タイヤ 住ロゴ D71080 D シ44-1 T107(NH)シ45-5
第二動輪・制輪子釣 R? ?9601   恐らく29601
住ロゴ 13.4 B3520Jロゴ 同 受け梁外端 住ロゴ 13.3 ロゴ B358
CR271 ロゴ? L79642 B345 同 受け梁外側 CR271 ロゴ R79642 B3438J
CR271 ロゴ?  同 受け梁内側 CR271 ロゴ
79642 加減リンク受け梁後壁 79642
L 79642 加減リンク体 R  79642
シ 30.6.8 第二サイドロッド シ 30.6.8
HM 30 6 9600 2L 355 第二サイドロッド・油壷曲面 HM 29 1 1 321 R2 9600
L 79642 第二サイドロッド軸ツバ
L3 79642 第二サイドロッド油壷 R3 79642
L 79666または79667 エキセントリック・ロッド R 79630?
シ 37.7.1 メインロッド凹部 30 10.5
HM 37 6 9600 6 メインロッド・油壷曲面
L 79642 メインロッド・ビッグエンド油壷 R 79642
ビッグエンド・クサビ R 79642
L 79642 ビッグエンド・受け金 R 79642
L 79642 リターンクランク R 79642
20703 15/16 2 ICTT シ22-9 第三動輪・軸ツバ
住ロゴ W91703 D シ44-2 T109 (NH)シ44-4 第三動輪・タイヤ
NN、38,8、9600、3L、40,1 第三サイドロッド・油壷曲面 HM 35 7  9600 3R 33
L4 79642 第三サイドロッド・油壷 R4 79642 元印49669
49-10苗穂 第一・第二空気溜り 49-10苗穂
シ42-12 NH1361 第四動輪・軸ツバ ロゴ 72031-21 rロゴ 42-5
住ロゴ W91379 D シ44-3 T107 (NH)シ45-5 第四動輪・タイヤ 住ロゴW91175 D シ44-3 T107 (NH)シ45-5 
L4 29601 第四動輪・制輪子 R? 2960?   恐らく29601
形式9600 17:36 速度計第一ギアボックス
形式9600 39 4 04 17:36 速度計第二ギアボックス
前側面 305×250 ブレーキシリンダー筒
後側面 305×250
底部  12 CT 427 底部 12 CT 427XX
T10?80 渦巻塵取り
タービン発電機 昭和30年 修理番号1042 東京三鷹車両機製作
ATS発電機 7266
4? 苗穂  39 浜松 運転室側面 全検表示 49-10苗穂
上部正面 逆L222 運転室内・注水器 上部左側面1352   中部に14ロゴ170
株式会社工進精工所 548 23 10 NO2875 速度計文字盤
運転室内電気系統機器
NO528831 形式s-1 昭和39年11月製造 ATS確認押ボタン 株式会社 京三製作所
NO49/8/0 形式JSK-B 昭和39年5月製造 S型車内警報表示器 株式会社 京三製作所
NO484427 形式JSA-62M 昭和39年6月 S型車内警報器 株式会社 京三製作所
製造番号 Y200312 製造年月 S43・11 BZ21型警報器 日本信号株式会社
電磁給排弁 昭和40年8月 製造番号400989 電磁給排弁装置 三菱電機株式会社
VM14形電磁弁 定格電圧24V 製造番号44675 昭和39年5月 三菱電機株式会社
製造番号 5709 昭和44年5月 ブレーキ筒カムスイッチ 日本エヤーブレーキ株式会社
HE6  40 9  OM 72 ブレーキ筒
NO439380 形式JSXB-63 昭和39年7月 運転室左後部S型接続箱B 株式会社 京三製作所 L15218-4
テンダー給炭部右 火格子揺り棒 漢数字 一九六五一
テンダー 従台車・従輪・自動連結器
NO439390 形式JXSB-62 昭和39年6月 S型接続箱B 株式会社 京三製作所 L15216-A
NO478932 形式JSR-63 昭和37年7月 S型車内警報受信箱 株式会社 京三製作所 4474 NH49・10
NO495750 形式JXSA-62 昭和39年7月 ATS-S型接続箱A 株式会社 京三製作所 L1522-3
O64 MT40-3 NH45-6 (C414) 第一従輪バネ鞍 O38 MT39-12 NH45-6  松任工場
61の打ち出し刻印 第一従輪スポーク
L3 19603 T75 ISW 1916-2-63353 第一従輪軸ツバ R3 19603 85T
住ロゴ W1184 シ46-6 T78(NH)シ46-10 第二従輪タイヤ
C 1 4 NH38-3 NH39-11 NH 45-6 第二従輪バネ鞍 NH 45-6
シ35-2 12ロゴ 74969-43 第二従輪軸ツバ シ35-5 NH668
L 1・・・1 第三従輪部台枠 R 19611
NH33-10 6 223 NH 45-6 第三従輪バネ鞍 NH 39-11 NH 45-6
第三従輪タイヤ 住友ロゴ ?? 3875 シ45-6 T78(NH)シ46-10
3920の打ち出し刻印 第三従輪スポーク
シ39-4 ロゴ68351-102 第三従輪軸ツバ シ41-4 NH198
NH 24 第三従輪制輪子 NH 24
R1 29634 第三従輪制輪子釣 R1 29633
排障器受け梁 R 19611
名盤無し 後灯LP42
シ44-10 493216L 自動連結器ナックル
シ46-11 B 1 E 自動連結器胴上部
Y 191 同 ナックルピン
OM 43 1      大宮工場製? 自動連結器胴下部

01/23は塗装箇所の再点検と補修塗装・スライドバーとメインロッド凹部の赤塗り、火室外壁の赤黒色塗装、鏡面処理部位へのアクリル噴霧を行い塗装関係も作業終了

テンダー石炭庫内の高圧洗浄と機体の拭き取り作業を行いました。

01/24は午前中に機体を覆っていたメッツシュ幕と足場の撤去があり、完成した機体が日差しを浴び漆黒の機体が輝いていました。午後からは建設課職員と部位名のラミ

ネート貼りをした後、先端部の白布・ブルーシートで再び機体を覆いました。各灯火配線点灯・音響テスト完了。

01/25は先頭テラス部位の簡易マット敷き・火室内の石炭殻配置・運転室内のマットを敷き、以前に作成していた子供用階段を装着して全ての作業を終了し明日に備えまし

た。明日の天候は不安定で雪模様の恐れですが、予定通り式典は挙行される予定です。



01/26 79642号機完成披露式典当日
  
 早朝に借家の窓から見上げると青空が見えていました。気温は4度で寒い朝ですが式典は可能と判断されました。王子の森公園では八幡浜建設課の皆さんが式典の準備

に取り掛かっていましたが、午前8時を過ぎると曇り空になり小雪が舞い始めました。八幡浜地方の変りやすい天候で私も作業を手伝いながら、木下神山公民館長さんと79

642は最後に北海道を走行していたので、「雪を呼んだのでしょう」と話していました。次第に雪模様が強くなりましたが挙行と決定されました。午後から神山公民館の「機関

車講座」がありますのでブルーシートに潜り込み、二か所の区名札の説明の為に「追」・追分 「岩」・岩見沢をセットしました。実際には岩見沢へ貸し出された事は無いようで

すが、室蘭本線追分機関区の持ち場(岩見沢~長万部)のデモンストレーションとして表記しました。79642号機は喜んでくれるでしょうか?見栄えは最高です


 式典開始が近づくと神山小学校の児童会の役員さんも来てくれましたので、除幕と点灯スイッチの方法を説明していますと、整備でお世話になった北九州市の入江氏(直方

汽車倶楽部主要メンバー)が到着、早速写真撮影をお願いいたしました。また遠く横浜市から佐藤氏が到着(佐藤氏とは内子のC12-231以来の懐かしい再会です。) 大

城八幡浜市長・橋本副市長・新宮八幡浜市議会議長さん等を来賓に迎え建設課宮下課長の進行で式典は開始されました。
 
 最初に大城市長から挨拶と説明があり、続いて来賓と児童会の小学生が二方向から正面の白布を紅白の祝い綱で引き除幕~機関車全体のブルーシートが課員の方々で

引き落とされ、漆黒の機体全体が露出されました。子供達や散会の皆さんから「オー!綺麗や」の歓声と拍手が起こりました。続いて大城市長から本機と整備の説明があり、

イベントとして神山小学校の児童会の役員さんによる「主灯~副灯~後灯」の点灯、大城市長・児童会長による「汽笛音」が鳴らされました。そして私に大城市長から感謝状を

頂戴いたしました。続いて私から整備と機関車の簡単な説明を行い、最後にこれからもこの機関車を大切にしてくださいとお願いし、さあ機関車にどうぞと締めくくりますと参会

の子供達が一斉に運転室やテンダーに向かい歓声とテンダー石炭庫内で飛び跳ねる音で機関車が包まれました。小雪の舞う中での式典の様子でした。

 午後からは神山公民館の神山塾野外「機関車講座」を行いました。地元の五反田地域を中心にお集まりいただいた方々に、本機が頑丈な国産第一号の機体である事、整

備して判明したテンダー石炭庫の溶接痕、テンダー台車の後部が別の機関車19611号機のものである事、火室内から見るボイラー円管や運転室内に残存した1975年最

後の走行時の石炭殻の説明、運転操作を簡単に説明しました。皆さん関心を持たれて触っておられました。午後からも親子連れが訪れていました。午後4時で本日のお披露

目式を終了しました。横浜の佐藤氏は宇和島市まで行かれた後戻って来られ、最後の撤収の仕事までお手伝い頂きました。松山から夜行バスで戻られるとか、本当に有難う

ございました。またどこかでお会いしたいですね。最後に逆転ハンドル・両ブレーキハンドル・区名札の除去、主・副灯のレンズをアクリル板に交換して全ての作業を終了しまし

た。夕闇に浮かぶ本機は今日の一日をどう感じてくれたのでしょうか・・・・喜んでくれているでしょうか・・・・

01/27 今日は昨日と一転して晴天の好天気でした。公園は多くの親子連れが訪れて賑やかでした。子供たちはもちろん自由に運転席に入りバルブを触って回したり、缶胴被

上部に登り入江氏の磨かれた汽笛を不思議そうに触って楽しんでいました。機関車も他の遊具と完全に一体化しています。これが「王子の森公園」のSL79642号機の本来の

姿で、全国的にも希少な静態保存と言えます。改めて本機の説明ラミネートを張った姿を紹介しておきます。新聞記事は本日の愛媛新聞と1/30日の読売新聞の内容です。運

転席左サイドの全般検査表示記録は、敢えて整備前の状態として残しアクリル処理で保護しています。39-?浜松工 49-10苗穂工 最初に来訪した時のこの表示に驚愕し

ました。間違いなく高山機関区時代の浜松工場と最後の追分機関区時代の苗穂工場を示しており、いつかこの79642号機を整備したいと思った原点でした。最後に機関士席

に座らせていただきました。またどこかでお会いいたします。

 全国の静態保存機の現状は大半の号機が柵に囲まれ自由に入る事は出来ない状態です。それでも侵入され心無い者に部品が盗まれ、荒廃した状態で醜態をさらしています。

保存機を旧国鉄から貸与された各自治体等もその現状維持に予算的措置を取れない状況が続き、保存と言うより放置の状態になっております。理由の一つにJR関係を通すと

驚愕の金額が提示される事も関連しています。それを解決したくて活動しているのがSL修理ボランティアの皆さんで、私もその一員です。今回の79642号機の整備の話は5年

前のC5744号機の整備中にありましたが、私の日程の都合で直ぐにお引き受けできなかったのですが、諦めずに整備を希望された八幡浜市建設課の熱意が実現させたと思い

ます。

 今回の整備期間中には宮下課長様を始め課員の方々には数々のご配慮を頂きました、改めてお礼申し上げます。また宮本防水塗装株式会社・中野鉄工所様にもご協力を頂

きました。御礼申し上げます。今回もC5744に続き、岩見沢市の嶋田正樹様には損失部品のお手配をいただきました御礼を申し上げます、北海道の皆様の本機を思うお心に

応えられたか今一つ自信はございませんが有難うございました。

 子供の遊ぶ公園内にある機関車が汚くて触っても動かないのでは意味がありません。それに応えるべく今回の整備をいたしました。某鉄道館のように敢えて油まみれで触らせ

ないような無意味な状態にはいたしておりません。子供さんが触られても油一つ付着する事はありません。運転室内の部位では加減弁テコ(構造状の問題と一人での整備は不可

能)以外は全て動く様に仕上げております。どうか以前の様にお子さんたちを遊ばせてください。と同時に機関車を大切に、優しく扱い可愛がる事も教えて頂ければと整備者として

お願いして、79642号機整備記録を閉じさせて頂きます。                                          2019/01/31 整備者 大山正風



* 2019/02/04 委託業務としての整備活動が終了したので八幡浜市長あての「整備報告書を」建設課に提出し今回の整備委託業務の全てを終了した。資料として以下の

他機刻印一覧表、また本機を整備して判明した事項を添付資料として提出した。

79642号機 他機刻印一覧
他機刻印 刻印部位 備考
19603 テンダー左第一従輪軸ツバL3・右第一従輪軸ツバR3 1969以降
19611 テンダー左右台枠後部 左は1?611 右後部排障器 1969以降
19651 火格子揺り棒 漢数字1969以降
29601 左 第一動輪制輪子釣り 1969以降
29601 左 第一・第四動輪制輪子釣り 右 第二・第四動輪制輪子釣り 1969以降
29633 テンダー右 第三従輪制輪子釣り 1969以降
29634 テンダー左 第三従輪制輪子釣り 1969以降
39679 テンダー右 第一従輪軸箱受け梁 1969以降
49669 右 第三サイドロッド 油壺 1969以降
79641 左 クロスヘッド・コッター  2の下に1 字体が異なる 1933~1936間?
79630? 右 エキセントリックロッド  刻印が同一字体大きさで無い
7966? 左 エキセントリックロッド
テンダー左右第一従輪バネ鞍のMTは松任工場を示すが
29657号機も1971に旭川機関区に配属されており、可能性あり

 本機について

 1 残念ながら左右動輪ボス・軸ツバに本機を示す刻印は検出されなかったが、4枚のナンバープレート主要なロッド等の各部位に本機を示す79642の刻印が確実に打た

  れており、機体は79642号機であると考えられる。
 
 2 テンダー石炭庫に関しては稲沢機関区時代までは標準A型であったが、名寄機関区に配属された後に後部3分の2はリベットの無いA型を縦に溶接接合している事。


 3 テンダー台枠に関しては後部4分の1は斜めに溶接接合しており、刻印から19611号機である事が排障器と共に確認された。
 
 4 テンダー台枠の前部左右第一従輪担バネバネ鞍にMT(松任工場)を示す刻印があり台枠前方は本機とも考えられるが、福井地方で走行していた
29657号機も1971

  年に旭川機関区に配属されており、29657号機の可能性を残している、テンダーにしろ台枠にしろいずれも他機のものを付けていた可能性は大である。

* 席上建設課はこの度の整備の状態を保つため、(盗難防止の観点も含み)防犯カメラを設置する方向で予算措置を取られており、その設置個所にについて協議した。

 建設課の本機に対する御配慮に感謝し、今後も本機の整備に関する協力を申し出て承諾を得た。

 以上で79642号機に関する記載は一応終了します。今後本機に関する新たな動きがあれば本ページを再開したします。最後までご覧頂き有難うございました。
                                                                                     2019/02/04 大山 正風

* その後の79642号機に関して

  04/04に八幡浜市建設課より運転室内の部品が無くなっているという連絡があり急遽本機を訪れました。確かに運転室内左注水器の水コックハンドルが無くなっていまし

 た。建設課宮本氏と公園管理人さんのお話では、管理人さんが通りかかると運転室内で物が落ちる音がしたので覗くと、子供たちが遊んでおり足元に水コックハンドル
が転

 がっていたという状況で、砲金製の同受座金と止めナットは見当たらなかったそうで、水コックハンドルは無事保管されていました。要は誰かが止めナットと受座金を持ち去っ

 ており水コックハンドルは自由に持ち去られる状況が続いていたと言う事になります。

  整備仕上げ段階では工具がなければ、とても開放出来ないように私が締め付けておりましたので、とても子供の手や力では外せない状況でした。奥の溢れコックハンドル

 も誰かが緩めた状態でしたが、ピッチの関係で取り外しが出来ないので諦めた模様でした。何とも不思議で・・・水コックハンドルは放置し、留め金だけを持ち去るとは・・・

 これは子供の悪戯にあらずSLマニアの仕業と考えられます。私のHPを見て行動に及んだのでしょうか? 直ちに損失部位は修復し従来の状況にしました。

  本機の防犯カメラ工事は東京都在住のコバQさんが再訪された02/20に行っており、本格的な運用は03に入ってからとお聞きしています。防犯カメラは3方向から本機を

 見守っており鮮明な画像と長時間記録可能な高性能カメラであり、運用前に盗難にあったものかと想像されます。今回の件で私は八幡浜市の子供たちを褒めて上げたいで

 すね、外す事が出来たのにそれをせずにただ遊んでいた・・・していけないことはしない・・・(部位表示ステッカーは一枚も損失しておりません。)子供たちの良心が見事に表

 れています。それに引き換え座金を盗んだSLマニアの貴方は純心な子供たちの気持ちをあからさまに裏切る身勝手な行動であり、真のSLマニアとは言えない卑劣な人間

 であることを断言・指摘させて頂きます。実に恥ずかしい愚かな行為ですね。返却されることを願います。

  本機は旧場所に静態保存されてからも自由に運転室に入れ、自由に触れる機関車として市民の方々に親しまれてきました。子供たちの親御さんの世代もさらに60代以上

 の方々も同様であり、ずっと本物の遊べる機関車「おもちゃ」だったのです。今回の整備はそれを踏襲しております。全国の静態保存機関車の保存形態の状況は、館内・屋

 外屋根付き・屋外であれその大半は施錠された柵内・展示時間限定であり、運転室内の操作系統機器を自由に動かせる状態の機関車は皆無に近く(京都鉄道博の3両・

 新津鉄道館の1両は触れますが館内展示のため時間制約)24時間開放的な公園内に存在するのはまさしく本機のみであり、これは八幡浜市が誇れる財産と考えられます。

  ただし、下の写真の如く自由に遊べますので子供の転落や怪我を負うことは予想されます。公園内の遊具と同様な扱い「本物のおもちゃ」ですから、少なくともその取扱い

 は子供自身の責任であり、保護者の責任義務の範囲であると思います。運転室左入り口には階段を・右側には転落防止の鎖を3条着けておりますが、機体上部からの転

 落防止までは防げません。保護者の方々にお願いしたいことは。「スマホ」やママ友との「楽しい会話」も結構ですが、お子さんの行動にはご留意をお願いしたいと思います。

  宮崎県日向市のD51-541号機も児童公園内にあり「日向市SL保存市民の会」会長染田通明氏のご意向では、やはり自由に触れる運転室にしたいとの事でしたので、

 本機同様の仕上げをお手伝いしたいと考えております。詳細は今後の「D51-541号機訪問記」をご覧ください。              2019/04/05

* 2019/07/18 本機の整備完成披露から半年を経過しましたので、本機の高圧洗浄に伺いました。整備後防犯カメラの設置稼働しております。本機は元々何の保護対

 策もせず、自由に出入りが可能な本物のオモチャでした。当然故意に損傷・盗難の憂き目に合い40数年を経過しておりました。全国の静態保存機の大半が柵に囲まれ、機

 体上部や運転室内への立ち入りは規制・禁止されていましたが、その保存状態は燦燦たる状況であり私のHPの各機の通りです。
 
  さて、整備の本機の状況はどう変わったのか・・運転室内の諸計器類や装備等何一つ変化はありません。披露完成時のままです。整備の前に見られたゴミや食べ柄は無く、

 トランポリン状態で子供たちが遊びゴミを巻き散らかしていた石炭庫上面は遊んでいた形跡はありますがゴミ一つありませんでした。今も子供たちは自由、奔放に遊んでおり

 ます。もうすぐ夏休みですので今以上に子供たちは訪れます。建設課の宮本氏や公園管理人さんにお手伝い頂き、高圧洗浄機でその泥や砂を吹き飛ばしふき取り作業を終

 えました。地元の神山公民館・小学校でも本機を大切に使う事で話し合いがもたれています。市民の皆さんの愛情で守られている本機です。

 ロッド等のアクリル処理は野ざらしでは半年程度ですので、本機は屋根は付いてはおりますが右サイドは雨がかかりますので、整備最終段階の予定通りロッド等のメタリック・

 クロム処理を来月初旬に行いたいと計画しております。                                                2019/07/18
 

* 2019/08/05・07 今回はロッド等のメタリック・クロム塗装を行いました。当初は鏡面磨き出し・アクリル処理を行っておりましたが、屋内保存では無く屋根が付いてい

 ると言えども屋外ですので酸性雨の影響は避けがたくその影響は如実に表れ始めました。(特に右サイドはアクリルが曇り始めました。) 完成披露後半年を経過しましたの

 で、市民皆さん方にも製造当初の状態はご理解いただけたかと思いますので、最終処理としてメタリック・クロムでの塗装に切り替えました。稼働機の場合機関区での油拭き

 が整備の基本であり、鏡面処理後油拭きを継続され現状を保っている静態保存機(D51-18・59647号機等)もありますが、出来るならばひと月に一度の塗布が必要であ

 り、保存会等の組織による定期的活動により現状が保たれているのが実情と思われます。

  本機の場合、保存会等の組織は未結成であるとともに(過去にはOB会が存在したと伺っております。)行政の組織的な関与は難しい状態であり、私の整備の最終段階とし

 て今回の措置を行いました。メタリック・クロムと言えども2年後には退色は避けられず、再度の塗装は十二分に想定できますので4年先までの塗装経費等については、当初

 の予算に組み込んでおります。今後保存会等が結成され定期的な整備対応が可能な場合には、改めて磨き出しを行い油拭きの体制に再度変更も考慮しております。

  今回の整備をもって私の手掛けた79642号機の整備及び整備報告は終了させていただきます。 お読み頂き有難うございました。


  なお、来る8月14日には王子の森公園内の球場グランド内において、当八幡浜市五反田地区の「柱祭り」・・(戦国時代に味方の誤射で不慮の死を遂げた山伏の霊を鎮め

 る行事)・・高さ20mの柱の最上部に付けた籠に下から松明を投げ入れる・・燃えるまで・・<愛媛県無形民俗文化財指定> が行われます。その時間帯に合わせて、主灯・


 副灯後灯・火室・運転室の各灯火を点すようにしております。柱祭りと夜景の本機もぜひともご覧ください。駐車場は神山小学校運動場です。祭りの様子は後日掲載します。


* 2019/08/14 台風10号がまさに愛媛県南部八幡浜市に接近中であり、降雨の状態も降ったり止んだりの状況でしたが、「柱祭り」は予定通りに行われると連絡があり、

 午後から八幡浜へ出向き本機の主灯・副灯・後灯・運転室内・火室内の点灯準備と、先日メタリック・クロムで再塗装したロッド等の部位表示を「建設課」宮本氏や管理人さん

 にお手伝い頂き再貼り付けを行いました。運転室内逆転ハンドル・両ブレーキ弁を取り付け、火室焚口炉を上部に開け4時までに準備完了しました。天候は一定で無く薄日が

 射したり急に強い雨脚もありましたが、開始前には少雨になり風もほとんど吹かず、「柱祭りは」午後7時から開催されました。祭りを見に来た中学生や家族連れに声を掛けて

 運転室内の説明を約20人程にしましたが、中学生はそのままテンダー後部から祭り見学となりました。

  「柱祭り」は神事から始まり、大城八幡浜市長の挨拶・前年度的の受け籠に松明を投げ入れた優勝者の紹介等が行われ、司会者から本日の本機の点灯や運転室の操作可

 能を紹介して頂きました。午後8時過ぎから各地区代表の39名の選手(投擲手が高さ20mの柱の受け籠に松明を投げ入れ命中させる。)が順番に開始し、投擲手から投げ放

 たれた松明が放物線を夜空に描き独特の雰囲気がありました。今年は開始10分という短い時間で、籠に松明が命中し着火無事「柱祭り」は終了しました。終了後、紹介があっ

 たので県外から帰省されていた親子連れ3組が運転室を訪れられたので簡単に説明を行い、本日の本機としての行事を終了しまた。
 


 以後、本機の状況において著しい変化等がありましたら、本HPで紹介したいと思います。       2019/08/15  大山 正風


* 2020/04/04 2019/10/05に機体の高圧洗浄後半年振りの点検・整備・清掃に訪れました。年に二回、4月・10月の第一週に定期点検を実施しておりますが、前回は特

 には報告すべき事も無かったので割愛しておりました。半年の経過でやはり粉塵と本機は開放型の生態保存機ですので、子供さんは自由に本体上部に上がり遊びますので、砂

 がかなり各所に見受けられます。全て高圧洗浄機で洗い流しモップで吹き上げております。テンダー後部の架線注意の表示が欠損している以外異常はありませんでした。

  運転室内のバルブは潤滑油切れで回転が固くなっていましたので各バルブ軸をバーナー炙り潤滑油を注油しておきました。銅管のアクリルが鈍ってきた以外は異常は無く子供た

 ちは自由にバルブを回し遊んでおります。来週中に再度訪問しロッドのメタリッククロム塗装にムラが生じている個所がありましたので、再吹付しておきたいと算段しております。

  一つ問題が発生しておりまして、開放型の生態保存機の宿命でありますが、本機は旧保存個所に生態保存されて以来子供たちの自由な遊び場であり、規制はされておりません

 でしたから今の幼児の父親や祖父の時代から本機は「おもちゃ」で有った訳で、今回もそれを踏襲した整備をしております。危険防止のために運転室入り口に階段や右サイドには

 転落防止の鎖を設置したぐらいでした。先般機体上部で遊んでいた4歳児が降りる際に缶胴被と手摺との間に両足が挟まり、抜けなくなり大騒ぎとなり消防署のレスキューにお世

 話になったそうです。以来「機体の上には上がら無いでください」という注意書きは市当局より表示しておりますが、今日も子供たちは自由に上がっておりました。保護者の責任にお

 いて判断して頂ければ有難いのですが、公園管理者が常時見ている事は不可能であり今後も起こりうる事かと懸念されます。
 

* 2020/04/09 本日は先週の高圧洗浄に引き続き、機体各部位の再塗装を中心に整備を行いました。右サイドのロッドは屋根が浅いために雨の影響を受けやすく、磨き出し

 アクリル処理からメタリッククロムに変更しておりましたが、雨の影響も強く半年で酸化・退色傾向が見られますので、その都度上塗りや再塗装の手間が求められます。また子供た

 ちが自由に登り降りする各ステップは黒色塗料は剥げ落ち錆止め剤(赤・錆転換剤は銀)が露呈しており、部分的な再塗装をせざるを得ません。現時点において強力な錆転換剤を

 使用しておりますので錆が浮いて出る個所は殆ど見受けられない状況ですが、塗料故に何年現状維持が出来るかは未知数と言えます。機体本体に使用した黒色橋脚用塗料に関し

 ては直射日光が当たる部位も含めて退色は見られません。今回は左右のロッド等の手直し作業を行いました。次回は運転室内外の砲金部位・銅管等の再磨き出しを中心に10月

 第一週を予定しております。愛媛県内の桜の開花は例年より遅く、海岸周りの松山~八幡浜間は国道沿いや山間部に染井吉野や山桜が多く見られ、海風に吹かれ桜吹雪の行き

 帰りでした。

            

* 2021/06/28 コロナ禍の影響で愛媛県下の移動も制約され、本機の定期整備も出来ないまま、1年2か月ぶりに本機を訪れました。予想通り機体上部・各所には粉塵が堆

 積しており、左サイドのロッドの数個所に錆が浮き上がり、メタリック・クロムもやや色あせを感じました。本体・運転室の砲金製部位は輝きを保っていましたが、各銅配管は成分

 の違いが退色の状態に明確に現れており、入江氏が一日を費やして磨かれた光り輝いていた汽笛・安全弁も三者三様の反応を示しておりました。運転室内の各バルブは軽く回

 転していたものが、油切れで固く回りはしますがお子さんには無理な状態となっていました。

  先ず、高圧洗浄機で各部位の堆積している粉塵から落として行きましたが、機体に最初に付着した粉塵は高圧洗浄機の水圧でも完全には落ち切らず、モップやブラシで擦り落と

 し、再度高圧洗浄をかけました。本機の黒色塗装は「橋梁用」の特殊な塗料で塗装しておりますので、洗浄後は当初の黒光りする黒色に戻りました。テンダー部の棒等で擦った個

 所(擦り傷)以外は剥げ落ちた個所も無く問題はありませんでした。
 
  左右の動輪・ロッド等は最初は鏡面処理を行い、アクリル・クリアで表面を覆い空気と遮断し、いずれも顔が映る状態であり、本機が国鉄に納車された新車の状態を知って頂くた

 めの塗装でした。機関車が「黒くて煤煙で汚れた汚い鉄の塊」というイメージを八幡浜市民の皆さんに払拭していただくための処理でした。本来は鏡面処理の後は。機械油やグリス

 等で定期的に磨き作業を続ける必要があり、「・・・保存会」のような組織の無い個所では維持が難しいのも選択の一つでした。アクリル・クリア処理の効果はもって1年であり、手触

 りの油・PM2.5や鉄鋼内部からの影響で曇りが生じて来て、最終的には黄色の薄いプラスチック状に変わり最終的には剥げ落ちます。それでメタリック・クロム塗装は2019/08に

 行っております。今回はメタリック・クロム塗装の退色が激しければ、全国の保存機機関車のロッド等に使用されている。油性シルバーに塗装替えする予定でした。

  高圧洗浄を掛けますと粉塵が綺麗に除去され、塗装面も高圧に耐えきれず剥げ落ちる事も無く、光沢も意外と維持しておりましたので整備計画を変更し、次回の10月かそれ以降
 
 までロッド等の塗装は現状維持を保ち、錆の浮いている個所のみの補修にする事にしました。夏場の銅管・砲金製の部位は磨き出しは可能ですが、アクリル処理を行うには、気温が

 高過ぎ、空気遮断が最終的に微小な気泡が災いして輝きを保てない事は解っておりますので「夏場の銅管・砲金磨きは厳禁」、次回以降に延期し運転室内のバルブ回転・真鍮色塗

 装等の部分的修復・整備に留める事にします。以上の事を八幡浜市建設課と07/01に協議し確定の予定です。  

* 2021/07/02 八幡浜市都市整備課課長・建設課管理係長と保内庁舎で協議させて頂いた結果、高圧洗浄の結果、アクリルクロムの銀色の退色は予想した範囲内の現状を保

 っており、最終塗装予定の油性銀色の塗装は必要は無く、左サイドの部分的な錆浮きの個所の処理で済み、現状にアクリル・クロムの再噴霧塗装で更に、最終塗装の時期はかなり

 後に延ばせると判断した事を協議し、汽笛・安全弁・ナンバープレート等の砲金・各銅管は再度磨き出しが必要であるが、夏場の高温時期の研磨・アクリル樹脂吹付は不適切であり、

 今回予定していた生活動は時期を遅らせ、本年10月以降に順延する事で合意していただいた。今回は運転室内の各バルブの回転が固くなっている軸に潤滑油を吹き付ける作業と

 左サイドの銅配管の一部が失われていたのを復していた個所が、サイド損害欠損しており再度復元作業を7月中に行う事にした。完成後の3年間の整備計画でで当方が事前に保有し

 ている、アクリル樹脂(クリア)・アクリルクロムが不足しており、その補充をお願いし協議を終えた。正式な整備活動は秋の気温の低下を見越し10月中旬以降に行う予定であり、補充

 銅管補充整備は随時行う事で協議を終えた。次回の正式な整備活動は10月中旬以降としている。






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