D51型蒸気機関車 603号機~691号機の8両を紹介します。



D51-603号機  場所 京都市右京区嵯峨 嵯峨野観光鉄道19世紀ホール

車暦 1941日立笠戸工場 1941宇都宮~1944高崎第二~1946柳井~岡山~1950姫路第一~1955敦賀~1956金沢~1962稲沢第一~1964滝川~1976追分 廃車

    1976/04/13追分機関区車庫火災にて焼失 

状態 塗装状態は良好である。先頭部と千輪・第一・第二動輪、缶の断面カット細管配列状態が見られる。保存が決まっていたが車庫火災により解体されたとされていたが、

    その後2002年に個人所有が判明し2003年より現地に展示保存されている。                 撮影日 2009/03/24

* 再撮影 先輪は左右ともにC11209の刻印が認められます。C11-209号機は北海道中標津町で静態保存されていますが、1975年に釧路で廃車になって

います。D51-603号機は1976年に滝川で廃車となっていますので、その間あるいはそれ以前に苗穂か釧路工場で転用されたのではと思われます。ただし本機

は追分機関区火災後、長年行方不明であり、先輪がいつの段階で転用されたのかその経緯を調べる手段は無い。     2010/06/12

* デフレクター先端カット・先端左側手すり・LP403大型ヘッドライト装着 (国鉄苗穂工場改装)

* 本機が1955(S30)年当時、姫路第一機関区に所属し山陽本線で活躍していた頃、僚機にはD51-84・154・187・203204・262・270・503・504・530・571・

577・620・658・682・693・702・771・772の各機も所属していた。同機関区には9600型機6両・C11型機13両・D52型機16両も配属されていた。その後各機は各

地に転配属された。本機以外ではD51-270号機が秋田県横手市で、620号機が鳥取県JR大山口駅前で、(その後
解体処分され動輪のみ隠岐の島に保存)C11

-292・311・331号機
が各地で静態保存されている。

* 本機が1965(S40)年当時、滝川機関区に所属し函館本線・根室本線等で活躍していた頃、僚機のD51-38・68・297・561・576号機も所属していた。また同機関

区には9600型機14両・D50型機6両も配属されていた。その後DL化に伴い、各機はさらに転配属・廃車・解体の経過をたどった。。本機以外ではD51-68号機が岩手

県岩手郡雫石町で、297号機が北海道滝川市で、561号機が群馬県利根郡川湯村で、59683号機が北海道斜里郡斜里町
でそれぞれ静態保存されている。

* 1972(S47)年にはD51型機はD51-38・68・95・96・97・297・397・483・561・562・576・663・1051・1072・10861101・1127号機に増加され、SL最

後の煙を上げていた。本機は1976に追分機関区に移動後廃車となり、その後静態保存が確定していたが、1976/4/13の追分機関区車庫に駐機中に火災に遭遇し、重

大な損害を受け解体処分された。その後一部が個人に所有され保存されていたことが判明し、復元整備され現在に至る数奇な運命を持つ603号機である。









D51-607号機  場所 福井県福井市福町 こどもの国公園内

車暦 1941日立笠戸工場・・?・・1948福井~1955富山~1968富山第一~1971福井 廃車・保存開始

状態 塗装は普通 後部ライト欠(汽笛はレプリカ?) 他の外装諸装備良好 運転室窓ガラス欠 室内金網遮断 右水面計欠 他の計器類は装着するも外形のみで、文字

    盤・針欠 制動・操作・電気系統機器は良好 屋外に屋根付きで保存されているが、保存状態は普通である。                                       
* 再訪してみました。分厚い塗装のため確認できた刻印は皆無でした。撮影日 2007/09/11・2009/05/02・2011/07/20

* 本機が1955(S30)年当時、富山機関区に所属し北陸本線等で活躍していた頃、僚機にはD51-3・58・86・92・329・606・619・624・815・863・877号機も所属

していた。同機関区には9600型機4両・C11型機2両・C12型機1両・C51型機4両・C57型機3両・D50型機7両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本

機以外ではD51-86号機が静岡県浜松市でまた9628・19648号機・C57-30・144号機が各地で静態保存されている。

* 本機が1971(S46)年当時、福井機関区に所属していた頃僚機にはD51-517・526・736・775号機も所属していた。しかし、北陸本線での運用は既に無く全機構内

入れ替え業務を担当していた。また、8620型機2両も配属されていた。その後DL/電化に伴い各機は転配属、廃車・解体の経過をたどった。廃車後本機以外ではD51-77

5号機が長野県木曽郡木曽町JR木曽福島駅
で静態保存されている。また、28651・58680号機も静態保存されている。









D51-609号機  場所 千葉県成田市花崎町 栗山公園内

車暦 1941日立笠戸工場・・?・・1946姫路第一~1955長岡第一~1968坂町~1971新津~1972 廃車 1973保存開始

状態 塗装は良好 後部ライト欠 他の外装諸装備良好 運転室窓ガラス欠 双眼鏡の目視では室内の速度計は確認できなかったが、他の諸計器類完備 制動弁も完備 

    おそらく完全な状態であろう。屋外に屋根付きで保存されており、保存状態は足回りも整備され良好な状態である。    撮影日2007/10/21

* 再訪してみました。相変わらずきれいな状態で保存されています。        撮影日 2009/05/04

* 震災の被害を受けている情報を得て訪れました。機体を吊り上げ元の状態に戻すには屋根を取り払うなど大変な作業工程が残されているようですが、旧状態

に復旧される日を願っております。                                               撮影日 2011/09/26

* 本機が1955(S30)年当時、長岡第一機関区に所属し信越本線・上越線で活躍していた頃、僚機にはD51-28・82・260・290・324・325・395・396・431・443・

724・735・853・932・1001・1107号機も所属していた。同機関区には9600型機7両・C11型機2両・D50型機3両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。

本機以外ではD51-260号機が富山県滑川市、395号機が山口県周南市、724号機が群馬県渋川市、735号機が新潟県村上市、853号機が東京都北区、C11

-46号機が新潟県魚沼市
でそれぞれ静態保存されている。
D51-1001号機は長野県千曲市で保存されていたが、体育館拡張が理由で2017解体処分された。

* 本機が1971(S46)年当時、新津機関区に所属し信越本線・磐越西線で活躍していた頃、僚機にはD51-75・82・135・331443・498・512・611・784・1001・10

30・1031・1049・1060・1107号機も所属していた。同機関区には9600型機5両・C57型機5両も配属されていた。その後/DL化により各機は転配属、廃車・解体の経過

をたどった。廃車後本機以外ではD51-512号機が新潟県新発田市、9646号機・C57-1・19号機も各地で静態保存されている。









D51-620号機  場所 鳥取県西郡伯郡大山町国信 JR大山口駅前
          (本機は解体され現地には存在しない。左動輪一式が隠岐の島に移転保存されている。)

車暦 1941日本車輌 1941静岡~1944米原~1946姫路第一~1957鷹取~1958鳥取~1969米子~1974浜田 1975廃車 1976保存開始

状態 塗装は普通だが各所に錆び・汚濁雫・腐食進行 清缶剤挿入装置欠 他の外装諸装備良好(汽笛?) 運転室内はバルブが数個欠損しているが、他の諸計器類は

    ほぼ完全に残っている。 室内はやや粉塵が積り近年の整備は見られず、全体としてはやや荒廃気味であり、海が近く再塗装などの整備が急がれる。                                                                                                     撮影日2007/07/25

* 情報によりますと移転先が決まらなくてどうやら解体処分にされるようです。確かに荒廃気味ではありましたが、解体とは!また保存SL機が姿を消すのでしょ

うか?山梨県清里駅前のC56-149号機の様に、荒廃した幽鬼迫る状態から見事に蘇った例もあります。他に方法は無いのか?管理団体の善処を望みたいですね。


* 解体前にと思い再訪してみました。すでに前後のプレート(イミテーション)は外され?ておりました。確かに劣化が激しく機体の各所に錆と腐食による欠落も見られ

ましたが、整備すればまだまだ保存は可能な状態と思われますが、財政難の地方自治体には本機の維持管理費も無理なのでしょうか?解体されれば二度と復元

できないものであり、他に方法が無いものか?このまま解体の時を待つしか無いのでしょうか。本機は第二次大戦終末期に米軍の機銃掃射を浴び多くの犠牲者を出し

た列車を牽引していた機関車であり、歴史の生き証人でもあり、実に残念です。
   撮影日 2009/10/31


* 本機が1955(S30)年当時、姫路第一機関区に所属し山陽本線等で活躍していた頃、僚機にはD51-84・154・187・203・204・262・270・503・504・530・571

・577・603・658・682・693・702・771・772号機も所属していた。同機関機には9600型機6両・C11型機13両・D52型機16両も配属されていた。その後各機は各地

に転配属された。本機以外ではD51-187号機が埼玉県JR大宮工場、270号機が秋田県横手市で、また19663号機・C11-292・311・331号機が各地で静

態保存されている。


 * 本機が1971(S46)年当時、米子機関区に所属し山陰本線で活躍していた頃、僚機にはD51-179・203・207・303・377424・504・530・568・618・674・782

・839・1129号機も所属していた。また、同機関区には境線・伯備線担当のC11型機8両・8620型機4両・C57型機3両も配属されていた。その後DL化に伴い各機は転配属

、廃車・解体の経過をたどった。廃車後本機以外ではD51-303号機が鳥取県鳥取市、C11-75号機が鳥取県倉吉市で静態保存されている。

* 本機は1975(S50)年1/15に山陰本線、米子~益田間の「さよなら列車(石州号)」を僚機のD51-488号機と重連で牽引した後、廃車となり現地に保存された。僚機の

488号機は島根県安来市で保存されている。

* ついに11月10日より解体作業が始まった様です。動輪の一部は隠岐の島に移転保存されるそうです。また1機、貴重なSLが姿を消しました。保存維持の経費

捻出不足が最たる要因のようです。財政難の時代各地の保存SLも同じ運命をたどるのでしょうか、何とか保存継続の全国的な運動にはならないものか、憂うばかり

です。                                                                                  2009/12









D51-663号機  場所 青森県十和田市三番町 市民文化センター

車暦 1941三菱造船・・?・・1946吹田~1956名古屋~1966旭川~1971滝川~1974 廃車 1975保存開始

状態 塗装は普通 清缶剤挿入装置欠 その他の外装諸装備良好 運転室窓ガラス欠 室内は速度計や各圧力計器類は装着するも針欠 制動レバー欠 両水面計は外枠

    のみ。屋外に屋根付きで保存されており、保存状態は普通である。屋根が低いために撮影アングルが取れない。    撮影日2007/09/14

* 4年ぶりの再訪です。変わらない状態で保存されています。刻印は塗装が分厚いために明確なものは少ないのでが、確認できた範囲では本機の番号でした。                                                                            撮影日 2011/10/31

* デフレクター先端カット・LP403大型ライト前後装着  国鉄苗穂工場改装

* 本機が1955(S30)年当時、吹田機関区に所属し東海道本線・山陽本線等で活躍していた頃、僚機にはD51-142・256・297・304・385・490・491・495・664・

673・683・684・701・754・836・840・841・861号機も所属していた。同機関区には8620型機4両・9600型機12両・D52型機34両・D62型機6両も配属されてお

り、関西地区最大の機関車を保有していた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではD51-297号機が北海道滝川市、385号機が千葉県鎌ヶ谷市、684

号機が東京都東村山市でまた9608号機・D52-1・136・138・468号機
が各地で静態保存されている。

* 本機が1973(S48)年当時、滝川機関区に所属し根室本線・歌志内線で活躍していた頃、僚機にはD51-38・68・95・96・297・397・483・561・578・603・684・

1051・1072・1086・1101・1127号機も所属していた。また19674・49606・49642・59613・59669・59694・69658・69660号機も配属されていた。しかし、DL

化により各機はその後転配属、廃車・解体の経過をたどった。廃車後D51-68号機は岩手県岩手郡雫石町、95号機は北海道上川郡新得町、96号機は群馬県安中

市、297号機は北海道滝川市、397号機は北海道士別市、483号機は長野県安曇野市、561号機は群馬県利根郡川場村、684号機は東京都村山市、1072

号機は神戸市中央
区でそれぞれ静態保存されている。









D51-684号機  場所 東京都東村山市恩多町1丁目 東村山公園内

車暦 1942日本車輌・・?・・1946吹田~1955姫路第一~1957長町~1967秋田~1972滝川~1976 廃車・保存開始

状態 塗装は退色し各所に錆び・腐食進行(特にシリンダー部は剥落) 前プレート・後部ライト・清缶剤挿入装置欠 運転室窓ガラス欠 室内諸計器類は全欠 僅かに左水

    面計の芯のガラス管を残すのみで完全なる荒廃状態 屋外保存であるが最近の整備は見られず、ロッドにも錆が浮き始めており、荒廃状態である。

* 崩壊の状態は進んでおり今後の成り行きが心配です。D51型機では保存ワースト5に入ります。    撮影日2007/10/18・1010/05/052013/04/20

* 1963年に国鉄郡山工場で缶上部に重油タンク装着。

* デフレクター先端カット・コの字手すり(左)装着・LP403大型ライト前後装着 国鉄苗穂工場装着

* 本機が1955(S30)年当時、吹田機関区に所属し東海道本線・山陽本線等で活躍していた頃、僚機にはD51-142・256・297・304・385・490・491・495・663

・664・673・683・701・754・836・840・841・861号機も所属していた。同機関区には8620型機4両・9600型機12両・D52型機34両・D62型機6両も配属されてお

り、関西地区最大の機関車を保有していた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではD51-297号機が北海道滝川市、385号機が千葉県鎌ヶ谷市、663

号機が青森県十和田市でまた9608号機・D52-1・136・138・468号機
が各地で静態保存されている。

* 本機が1968(S43)年当時、秋田機関区に所属し奥羽本線・羽越本線で活躍していた頃、同機関区には男鹿線・田沢湖線を担当するC11-141・142・144・204・23

2・234・239・240・242・249の各機、また18629・28689・38691・48699号機、9670・39619・49639・49660号機 本線を走るD51-19・20・40・276・315

・330・371・391・406・457・570・637・888・908号機と大所帯であった。しかし、その後各機は転配属・廃車の道をたどり、静態保存されたのは本機と232号機のみで

あり、232号機は秋田県秋田市で静態保存されている。本機は当時ギースルエゼクター煙突を装着していた。(276・315・371・391・457・570・725号機も)、

* 本機が1973(S48)年当時、滝川機関区に所属し根室本線・歌志内線で活躍していた頃、僚機にはD51-38・68・95・96・297・397・483・561・578・603・663・

1051・1072・1086・1101・1127号機も所属していた。また19674・49606・49642・59613・59669・59694・69658・69660号機も配属されていた。しかし、DL

化により各機はその後転配属、廃車・解体の経過をたどった。廃車後D51-68号機は岩手県岩手郡雫石町、95号機は北海道上川郡新得町、96号機は群馬県安中

市、297号機は北海道滝川市、397号機は北海道士別市、483号機は長野県安曇野市、561号機は群馬県利根郡川場村、663号機は青森県十和田市、107

2号機は神戸市中央区
でそれぞれ静態保存されている。


* 本機が1975(S50)年当時、岩見沢機関区に所属していた頃、僚機にはD51-59・70・146・165・260・566・953・1085・1149号機も所属していた。既に本線での

運用はほとんど無く、全機機関区内で駐機の状態であった。その後全機廃車となった。廃車後、幸運にも全機保存される事になり、本機以外ではD51-59号機は長野県上

伊那郡辰野町、70号機は茨城県つくば市、146号機は静岡県静岡市、(後に真岡鉄道SL96館へ)165号機は富山県南砺市、260号機は富山県滑川市、566号

機は北海道赤平市、953号機は北海道虻田郡豊浦町、1085号機は和歌山県有田郡有田川町、1149号機は滋賀県犬上郡多賀町
で、それぞれ静態保存されてい

る。由縁の薄い当地に本機が保存された経緯は不詳である。


* 本機は北海道に移動した後も最後まで活躍した機であり、幸運にも保存されて今日に到っており、この荒廃状態から整備されて活躍時代の雄姿の再来を期待したい。








D51-688号機  場所  愛知県岡崎市若松町 南公園内

車暦 1942鉄道省浜松工場 1943米原~1945大垣~1948福井~1964糸魚川~1969富山~1970青森~1971中津川~1973廃車・保存開始

状態 塗装は良好 外装諸装備・運転室内諸計器類完備 室内良好 足回りもきれいに整備され、屋外保存であるが保存状態は良好である。 

       * 国鉄長野工場式集煙装置装着
                     撮影日2007/08/16


* 再訪して見ました変わらない状態でした。 撮影日 2009/04/26
* 本機の特色は左デフレクター先端下部が三角形に切り取られており、豊橋市のD51-89号機と共通する。

* 右 メインロッドのビッグエンドにD51782の刻印がありました。D51-782号機は1968年金沢機関区~1970米子・ 1973年に米子機関区で廃車となっ

ており、廃車時期が同じなので本機が1969年~富山機関区に所属していた頃に交換転用されたのでしょうか?また、右第二動輪は他機の転用の可能性を示して

います。                                                                            2010/07/10

* 本機が1955(S30)年当時、福井機関区に所属し北陸本線等で活躍していた頃、僚機にはD51-197・315・351・373450・475・523・534・588・612・616・61

7・667・669・720・775・776号機も所属していた。同機関区には8620型機4両・C12型機2両・D50型機4両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本

機以外ではD51-351号機が長野県南木曽町、720号機が広島県広島市安芸区、775号機が長野県JR木曽福島駅で静態保存されている。

* 本機が1973(S48)年当時、中津川機関区に所属していた頃僚機には、D51-155・192・201・209・238・245・522・549・792の各機も所属していた。1973年

度末ですべて廃車となったが、155号機は長野県塩尻市、201号機は愛知県蒲郡市、209号機は長野県伊那市、238号機は長野県木祖村、245号機は長野県

坂城町、522号機は石川県金沢市、549号機は長野県長野市、688号機は愛知県岡崎市、792号機は愛知県春日部市
でそれぞれ静態保存されている。D51-

192号機は三重県桑名市長島町
に静態保存されていたが、1984年に残念ながら
解体されてしまった。別記のD51-101・200・402・777・849号機も含め中津川機

関区に所属した蒸気機関車の静態保存率は高い。









D51-691号機  場所  奈良県天理市田井庄町 田井庄池公園内

車暦 1942鉄道省鷹取工場 1942吹田~1944盛岡~1949奈良~1971廃車  1971保存開始

状態 塗装は普通 外装諸装備完備 左側は近鉄天理駅と堀や金網で近づけない。運転室内は柵内にあるため未確認であるが、目視の限り各圧力計は文字盤のみで針

    欠 両水面計欠 制動弁欠 かなりの損害を受けているようである。 足回りは整備されており、屋外に屋根付きで保存されており、保存状態は普通である。 

    最近TVドラマ「青によし鹿男」のラストシーンのバックに登場した。 *1960年に国鉄鷹取工場で缶上部に重油タンク装着 撮影日2007/08/28・2010/07/17

* 再訪してみました。状態は変わらないのですが公開されないのが残念です。 刻印ですが、右先輪はC58312と読めます。C58-312号機は1964~1967

に竜下華機関区に所属しており、その間の交換転用されたのでしょうか ちなみに同機は1974年に亀山機関区で廃車となり愛媛県喜多郡五十崎町でSLホテルの

先頭で静態保存されていたのですが、2007/5に
突然解体処分されてしまいました。次に右クロスヘッドソケット部には51691の刻印の下に393の刻印が確認で

きます。
D51-393号機は1964年から竜華機関区に所属しそのまま1971年に廃車となっていますのでその間に鷹取工場で転用交換されたのでしょう。
                                                                               撮影日  2010/07/17

* 本機が1955(S30)年当時、奈良機関区に所属し関西本線・奈良線等で活躍していた頃、僚機にはD51-132・211・253302・674・759・1145号機も所属してい

た。同機関区には8620型機3両・C11型機7両・C51型機9両・C57型機6両・C58型機4両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではC51-

5号機・C57-56・148号機・C58-51211・354号機
が各地で静態保存されている。

* 本機が1967(S42)年当時になると、僚機はD51-65・211・253・624・654・750・832・835・934・1015号機に交代所属していた。本機は1970に廃車となった

が、各機はその後DL化に伴いさらに転配属、廃車・解体の経過をたどった。本機以外ではD51-211号機が神戸市灘区で静態保存されている。


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