C50型蒸気機関車 1929~1933の間に154製造 全国で6両保存されています。
主要諸元
全長 11.35m 全高 3.885m 総重量 87.9t 水槽 13㎥ 石炭庫 6.0t 先・従輪径 860mm 動輪径 1600mm 最大出力 852ps
最高速度 85km/h
製造所 川崎重工兵庫工場・汽車製造大阪工場・日本車両名古屋工場・日立製作所笠戸工場・三菱重工業神戸造船所
C50-75号機 場所 東京都足立区鹿浜3丁目 北鹿浜公園内
車暦 1929川崎車輌 1929豊岡~1930湊町~1932奈良~1933湊町~1938竜華~1941亀山~1971廃車・保存開始
状態 塗装は普通 汽笛欠 前後ライト球・ガラス欠 他の外装諸装備良好 運転室窓枠・ガラス欠 室内諸計器類損失多く荒廃気味 屋外に屋根付きで保存
されており、保存状態は普通である。 撮影日2008/05/13
* 本機が1955(S30)年当時、亀山機関区に所属し関西本線等で活躍していた頃、僚機のC51-76号機も所属していた。同機関区にはC51型機14両
・D51型機18両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。本機以外ではD51-882・885号機が静態保存されている。
* 本機が廃車となる1971年当時の亀山機関区には同型のC50ー109・154機も所属しており、関西本線や参宮線などで活躍していた。廃車後、C50-
154号機は三重県亀山市で静態保存されている。その後DL化により所属機関区の各機は展配属・解体の経過をたどったが、C57-110・148・198
・C58-66・231・353号機は現在各地で静態保存されている。本機が由縁の薄い当地に保存された経緯は不詳である。
* 本機は1971(S46)年9/30の山陽本線・徳山~柳井間の「さよなら列車」を、C50-125・132号機と3重連で牽引している。亀山機関区からの特別参
加の可能性が高い。
C50-96号機 場所 静岡県焼津市栄町1丁目 小石川公園内
車暦 1929日本車輌 1929米原~1947稲沢~1955美濃太田~1966豊橋~1972廃車・保存開始
状態 塗装は普通 前部ライト球・ガラス・後部ライト欠 後部プレート欠 他の外装諸装備装着 運転室窓枠・ガラス欠 室内諸計器類損失多く荒廃気味 屋外に
屋根付きで保存されており、保存状態は普通である。 撮影日2007/08/29
* 再訪しました。分厚い塗装の下に刻印が数か所残存していました。左第三動輪には微かですがC5818の刻印が認められます。C58-18号機は
1961年に美濃太田機関区で廃車になっていますが、本機と同じく1955年から美濃太田機関区に配属されていますので、その間か廃車後転用され
たのでしょう。 撮影日 2011/02/26
* すぐ近くのJR焼津駅前には、廃車となり解体されたC57-146号機の動輪が保存展示されている。
* 本機が1965(S40)年当時、美濃太田機関区に所属し高山線・太多線で活躍していた頃、僚機のC50-40・107・127・135・147号機も所属していた。また
C11型機2両・C58型機8両も配属されていた。DL化に伴い全機各地に転配属された。本機以外ではC58-228・280号機が各地で静態保存されている。
* 本機が1971(S46)年当時、豊橋機関区に所属していた頃、僚機にはC50-95号機も所属していた。しかし、既にDL/電化は終了しており、本線の運用は無
く構内の入れ替え業務を担当していた。1972年に廃車となり当地に静態保存された。
C50-103号機 場所 福島県南相馬市原町区牛来 郷土資料館
車暦 1930汽車製造 1930高島~1931大宮~1934水戸~大宮~1955平~1970廃車・保存開始
状態 塗装は普通 外装諸装備・運転室内諸計器類完備 室内良好 足回りも整備され屋外に屋根付きで保存されており、保存状態は良好である。 撮影日2007/09/13
* 右中の写真は 1967/10/01 常磐線磯原駅にて 藤田憲一氏撮影
* 震災により閉館していた郷土資料館も再館されていました。夕刻を過ぎていたために不鮮明な部分はご了承ください。右クロスヘッドソケットに刻印
が残っていました。 撮影日 2011/10/28
* 「コバQ」さんが2017/06に訪問された際の状況です。
* 本機が1955(S30)年当時、平機関区高萩支区に所属し常磐線で活躍していた頃、僚機のC50-108号機も所属していた。同機関支区には8620型機
2両・9600型機1両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。
* 本機が1967(S42)年当時、本機は平機関区に所属していたが既に本線での運用は無く、構内入れ替え業務を担当していた。常磐線担当で8620型機5
両・9600型機5両・C57型機2両、C62型機2両・D51-10両が配属されていた。その後DL化に伴い各機は転配属、廃車・解体の経過をたどり、本機以外
では8630号機は京都市交通博物館館で動態保存、D51-194号機は島根県鹿足郡津和野町、946号機は福島県いわき市で静態保存されている。
C50-123号機 場所 栃木県小山市駅前東通り2丁目 駅東公園内
車暦 1930日立笠戸工場 1930早岐~小郡~1933浜松~1939成田~1954小山~1970廃車 1971保存開始
状態 塗装は良好 外装諸装備・運転室内諸計器類完備 室内良好 メイン・サイドロッド・主軸にも油が注されて整備を受け、屋内に良好な状態で保存されて
おり、定期的に保存会の整備と公開がされている。 撮影日2007/10/20
* 再訪してみました。相変わらずきれいに整備されていました。刻印ですが左右のクロスヘッド部のソケットにはC5091の刻印とC5073の元印が
ありました。C50-73号機は1960年に田端機関区で廃車、C50-91号機は1966年に新鶴見機関区で廃車になっていますが、転用の経緯は不
明です。また左加減リンク下部にはC50111の刻印が認められます。C50-111号機は1960年に行橋機関区で廃車になっており、これもまた転用
の経緯は不明です。次に右加減リンク下部にはC50140の刻印が、また右リターンクランクにはC50106の刻印があります。C50-140号機は19
63年に、C50-106号機は1970年にそれぞれ小山機関区で廃車になっています。1954年から本機とともに小山機関区に配属されており、この間
に転用交換されたものと思われます。 撮影日 2010/11/20
* C50型保存機でデフレクターを装着しているのは本機のみである。
* 本機が1955(S30)年当時、小山機関区に所属し両毛線で活躍していた頃、僚機にはC50-27・52・54・55・63・65・78・80・92・97・104・105・106
・110・124・125・128・130・132・133・140・141・154号機も所属しており、C50型機の最大保有数であった。同機関区にはC12型機2両・C58型機5両
も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。
* 本機が1969(S44)年当時になると僚機はC50-80・106・110・125・154号機に交代所属しており、構内作業担当としてC12-193・233号機も配属さ
れていた。その後DL化に伴い各機はさらに後転配属、廃車・解体の経過をたどるが、C50-125号機は山口県柳井市、154号機は三重県亀山市で静態
保存されている。
C50-125号機 場所 山口県柳井市南町1丁目 駅南公園内
車暦 1930日立笠戸工場 1930早岐~小郡~1933浜松~1939成田~1954小山~1970柳井~1971廃車 1972保存開始
状態 塗装は普通でカラフルだが腐食進行 汽笛欠 他の外装諸装備良好 運転室窓枠・ガラス欠 室内諸計器類損失多く荒廃気味 屋外保存であるが全体的
には荒廃気味である。 撮影日2007/08/25
* 右上の写真は 1967/11/04 桐生機関区にて藤田憲一氏撮影
* 再訪してみました。再塗装されきれいな状態でした。運転室内も以前は諸計器類も損失していましたが、水面計以外は復元整備されておりました。
速度計は本来のもの、各圧力計はタービン関係の圧力計で復元整備されていました。以前の荒廃状態からは見違えるように変わっていました。これ
も保存に関わられた方々のご努力の成果と思われます。今後もこの状態で保存される事をのぞみたいです。 確認できた刻印はありませんでした。
撮影日 2010/03/14
* 本機が1955(S30)年当時、小山機関区に所属し両毛線で活躍していた頃、僚機にはC50-27・52・54・55・63・65・78・80・92・97・104・105・
106・110・123・124・128・130・132・133・140・141・154号機も所属しており、C50型機の最大保有数であった。同機関区にはC12型機2両・C
58型機5両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。
* 本機が1965(S40)年当時では僚機はC50-52・80・106・110・123・154号機に交代所属しており、構内作業担当としてC12-193・233号機も
配属されていた。各機はその後転配属、廃車・解体の経過をたどるが、C50-123号機は小山機関区の所在した栃木県小山市、、154号機は三重県
亀山市で静態保存されている。
* 本機が1971(S46)年当時、柳井機関区に所属していた頃僚機にはC50-57・67・113・132号機も所属していた。既にDL化は進んでおり、各機ともに
休車扱いであった。その後廃車・解体の経過をたどった。
* 本機は1971(S46)年9/30に山陽本線・徳山~柳井間の「さよなら列車」を3重連でC50-75・132号機とともに牽引した後廃車となり、柳井機関区の
所在した当地に保存された。
C50-154号機 場所 三重県亀山市関 関ロッジ第二駐車場
車暦 1933三菱重工 1933田端~1939尾久~1943成田~1944大宮~桐生~1950小山~1970糸崎~亀山~1973廃車 保存開始?
状態 塗装は良好 汽笛欠 他の外装諸装備良好 運転室内は速度計欠 他の諸計器類は完備 足回りも整備され屋外に屋根付きで保存されており、
保存状態は良好である。(プレートはレプリカ?) 撮影日 2007/08/28・2010/02/20
* 分厚い塗装のために確認できた刻印はありませんでした。撮影日 2011/03/06
* 本機が1955(S30)年当時、小山機関区に所属し両毛線で活躍していた頃、僚機にはC50-27・52・54・55・63・65・78・80・92・97・104・105・
106・110・123・124・125・128・130・132・133・140・141号機も所属しており、C50型機の最大保有数であった。同機関区にはC12型機2両・C
58型機5両も配属されていた。その後各機は各地に転配属された。
* 本機が1969(S44)年当時では僚機ははC50-80・106・110・123・125号機に交代所属しており、構内作業担当としてC12-193・233号機も配
属されていた。各機はその後転配属、廃車・解体の経過をたどるが、C50-123号機は小山機関区の所在した栃木県小山市、125号機は山口県柳
井市で静態保存されている。
* 本機が1971(S46)年当時の所属していた亀山機関区には同型のC50ー75・109号機も所属しており、関西本線や参宮線などで活躍していた。その後
DL化に伴い各機は廃車・解体の経過をたどり、本機以外ではC50-75号機は東京都足立区で静態保存されている。また、C57-110・148・198号
機、C58-66・231・353号機も各地で静態保存されている。
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